劇場公開日 2021年6月5日

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「未完の物語」デニス・ホー ビカミング・ザ・ソング Imperatorさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5未完の物語

2021年6月6日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

「素材で勝負」というか、デニス・ホーという歌手のヒストリーを追うことに徹している映画だった。
民主主義と自由や、同性愛者差別への抵抗という価値観が、作品のベースにあるものの、あくまでデニス・ホーの行動や考え方を通して、間接的に主張される。
政治と芸術の関係も、香港の抗議デモも、すべてデニス・ホーの姿がファインダーだ。
そのため、香港通でない限り、分かりづらいこともある。

天安門事件に危機感を抱いた両親に連れられてモントリオールに移住し、価値観がすっかり西欧化しても、民族の嗜好というか、“香港ポップス”に夢中だったのは面白い。
「(デニスが)スカートを穿かない」と嘆く師匠のアニタ・ムイは、派手な衣装や化粧、大がかりな演出という、典型的なショーマンに見える。
そういう師匠の真似を止め、レズビアンをカミングアウトし、次第に自分らしさを追い求めていくデニスに襲いかかった、「一国二制度」の破壊。

ただ、自分はもっと“音楽映画”かと予想していたし、尺が長くなっても、その方が良かったと思う。
ミュージシャンを扱う以上、人間と音楽の2本柱で進めるべきだ。
また、「認められていない個性を持つ人もいる」など、デニスの思いが詰まっていそうな歌詞がたくさん出てくるのだが、その深い思いに迫ることもなく、どんどん流されてしまう。
制作者のデニスに対するとらえ方は、「抵抗のヒロイン」という、やや外面的、ステレオタイプ的な側面にとどまっている。

この作品の良いところは、2014年の「雨傘運動」以降、デニスが中共の要注意人物になって、収入の9割を断たれた後の姿も追いかける、“未完”のリアルタイムな物語であるところだ。
歌への情熱は失っていないようだ。歌を通して、自身をアップデートし、リヴァイヴさせる。映画の題名は、「デニス自身が、歌と化す」という意味だそうだ。
現状、そこにしか救いはない感じだが、お客がいる限り、デニスは生き抜くだろう。強い声をもった、強い女性だ。

少し違う言葉を話す、同じ民族による弾圧。
同時期上映の映画「戦火のランナー」と並んで、「国」について、とても重く考えさせられた映画だった。

Imperator