劇場公開日 2018年6月23日

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「高度な芸術作品」女と男の観覧車 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5高度な芸術作品

2018年6月24日
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鑑賞方法:映画館

悲しい

 ケイト・ウィンスレットは映画「愛を読む人」で、悲惨な運命を辿ったヒロインを迫真の演技で演じていて、非常に感銘を受けたことを憶えている。女優人生であれ以上の作品と役柄に出会える人は稀ではなかろうか。
 とはいえ本作の演技も素晴らしい。女優だった過去の栄光から一ミリも抜け出せず、現在の自分や置かれた状況を認めることが出来ないでいる哀れな女を、時に美しく、時に醜くみすぼらしく演じる。白馬の王子を待つ乙女のようかと思えば、嫉妬深いあばずれみたいだったりする振り幅の大きな演技は、自分は女優だという儚い拠りどころに縋っている彼女の精神性をわかりやすく表現している。芝居と現実の境界線がいつか自分でもわからなくなってしまっているのだ。女というものはこんなにも憐れで、そして男はそんな憐れな女に纏わりつくピエロであるというウディ・アレンの世界観がひしひしと伝わってくるようだ。
 狂言回し役のミッキーが一方的な見解を観客に伝える仕掛けはアイロニーが効いていて面白い。山の天気のように目まぐるしく移り変わる妻の心に振り回される夫ハンプティを演じたジム・ベルーシの演技は、ベテランらしく堂に入っている。実の父のいない子供リッチーは、ぽっかり空いた心の暗闇を照らすかのように、人の目を盗んでは火遊びをする。母親が現実を見ようとしないように、この子も現実に向き合おうとしない。この子役の演技もとても上手だった。
 人間の欲望と浅はかな計算と的外れなプライド、そして不安に駆られた衝動を、登場人物それぞれがリアルに演じ切ることで、高度な芸術作品に仕上がった。

耶馬英彦