劇場公開日 2017年8月25日

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「等身大の彼女」エル ELLE レントさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5等身大の彼女

2023年5月27日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

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強い女性、自立した女性、そんな言葉もいまや死語になりつつある。これらの言葉は男社会においての女性は弱いもの、女は男に依存して生きているものという考えが前提だったからだ。
バーフォーベンが描く女性は強い女性ではなく、自らの欲望にただ忠実なだけの女性だ。
「氷の微笑」、「ショウガール」、「ブラックブック」で描かれた主人公たちは常に自らの欲望に素直に忠実に生きた女性たちだった。そして本作の主人公ミシェルも同じく。当然強くて自立してる人間は自らの欲望に忠実だ。

ミシェルが白昼自宅でレイプされるというショッキングなシーンから始まる本作。しかし、その後彼女は特に動揺している様子もなく、平然と寿司の出前をとり、息子と普通に食事をする。
警察に被害を届けず、食事会ではさらっとレイプされた事実を話す。

彼女は年齢を重ねた大人の女性だから少々のことには動じないのだろう、あるいは本編で描かれる彼女の奔放な性生活を見せられ、そもそもレイプに対してショックを感じないのだろうと観客に思わせるつくりになっている。

けして被害者然としてない彼女を見るとレイプという行為も本作品の中ではさほど異常な行為でないようにさえ思えてくる。
実際、彼女はレイプ犯の正体を知ってからもさらに相手を誘うようなことをしている。しかしこれら本作で描かれる事象はすべて逆説的にとらえることができる。

レイプにあった被害者はもっと精神的に落ち込んでるはずだ、冷静でいるのはおかしい。被害者は奔放な性生活を普段から営んでいて倫理的に問題がある人物だ、などと、これらは本来であればレイプという裁かれるべき犯罪が現代社会ではなかなか罪に問われない理由となるものばかりだ。
明らかにレイプ犯が加害者であるにもかかわらず、被害者のほうに問題あるかのような言説が常に横行して本来裁かれるべき者が裁かれない例が世界中あることへの批判ととらえることができるのではないか。
勿論、ジャーナリストレイプもみ消し事件があった日本も例外ではない。

そう考えると本作がいかに深い作品であることがわかる。確かに本作では性的倒錯者であるレイプ犯が描かれ、そして主人公も幼少期のトラウマが今の人格形成に影響してるのではと観客に思わせるよう仕向けられている。しかしたとえ主人公が性的倒錯者であってもレイプは犯罪なのだ。それを被害者側の事情によってぼかされている現代社会への皮肉をこめた作品なのだと理解できる。

勿論、本作はそれだけではない。主人公の奔放な生き方、にもかかわらず同じく欲望に忠実に生きる母への自分勝手ともいえる不平不満、ダメ息子への思い、犯罪を犯した敬虔なクリスチャンの父との軋轢など様々な主人公の心情が描かれ、それと同時進行する真犯人にせまるサスペンスフルな展開と、娯楽作品としても抜け目ない作品となっている。

本作は当時、劇場鑑賞してレビューをなかなか書けなかった。それから様々な解説などを読み、自分なりに何度か本作を見て自分の中で咀嚼しやっと納得したうえで今回書き上げることができた。白状すると映画評論家町山氏の解説にかなり引っ張られた感はある。
にしても、これだけ一つの作品に様々な要素を含んだ作品はなかなかお目にはかかれない。それだけに自分なりに受け止めるにはかなり時間を要したわけだけど。

ちなみにミシェルに自分の旦那を寝取られたアンナは最後は旦那よりミシェルを選んだ。彼女も自分の欲望に忠実な女性だったわけだ。

レイプ犯の妻である敬虔なクリスチャンを演じていた女優さんはこの後、同じくバーフォーベンの「ベネデッタ」で主演を務めることになるけど、この頃から決まってたのかな。

ただ自分の欲望に忠実に生きる女性ミシェル。元旦那の車のバンパーを壊しても涼しい顔、親友の夫と寝ていたかと思えば、その彼女との肉体関係もあった。元旦那の新しい彼女に嫉妬して嫌がらせしたり、自分は好きに性生活を楽しみながら自分の母親の生きざまにはあからさまな嫌悪感をあらわす。
一見自分勝手に見える彼女の生きざまは見ていて気持ちがいいくらい清々しい。

自分の欲望のままに生きる女性がバーフォーベン作品の特徴。歴史的に抑圧されてきたからこそ、その人権が開放される様は描きがいがあるのだろう。そういう作品に観客も多くのカタルシスを感じることができる。

レント