劇場公開日 2017年2月10日

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「祖国という呪縛」マリアンヌ 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0祖国という呪縛

2017年3月18日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

悲しい

知的

 この映画のマリオン・コティヤールはとても美しい。昔の映画「カサブランカ」で見たイングリッド・バーグマンを彷彿とさせるくらいの美しさだ。舞台も同じ第二次世界大戦真っ最中のカサブランカ。意識しない関係者はいなかっただろう。バーグマンの映画にはヒトラーに対して批判的な要素がたくさんあったが、こちらの作品では、エピソードとしてラ・マルセイエーズの話は出てくるが、作品自体には反ドイツの要素はない。
 世界観という点では、「カサブランカ」よりもこちらの作品の方がスケールが大きい。軍隊という、政治体制そのものとも言うべき組織にいる人間が、祖国という幻想と、現実の女性との暮らしの狭間に立って苦しむ。仕事では人を殺すのに何の躊躇もなく、殺した後の罪悪感も後悔もない。後味の悪ささえまったく感じさせない。そういうタフな男が妻のことでとことん悩むギャップもいい。
 祖国を捨てて名前も捨てて、愛に生きようとする女をマリアン・コティヤールが色気たっぷりに演じている。この人は「たかが世界の終わり」では化粧気のない冴えない中年の妻を演じていたのに、ここでは驚くほどの婀娜っぽさを発している。同じ女優とは思えないほどで、演技の幅には舌を巻く。
 で、コティヤールが主役かというと、そうではないと思う。やはり主人公は祖国という呪縛から精神的に逃れられずにいる軍人の夫を見事に演じたブラッド・ピットだ。離婚したアンジェリーナ・ジョリーが自分の世界を掘り下げる方向に向かっているのに対して、ブラピは世界観を時間的にも空間的にも広げている。このふたつは相反するものではなく、どちらも極めれば、同じひとつの真実に辿り着くのではないかという期待感がある。
 誰もが知っているスイング・ジャズの大ヒット曲「Sing Sing Sing」が象徴的に使われている。この明るい曲が、この暗いテーマの映画に、何故かよく似合う。戦争というのはそういうものなのかもしれない。

耶馬英彦