劇場公開日 2017年10月7日

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あゝ、荒野 前篇 : インタビュー

2017年10月5日更新
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苦楽を共にした菅田将暉&ヤン・イクチュンが垣間見せた、揺るぎないつながり

極限まで肉体を酷使し、拳を突き合わせたからこそ生まれた魂のぶつかり合い。寺山修司の唯一の長編小説を映画化した、前・後篇で5時間5分に及ぶ「あゝ、荒野」で菅田将暉とヤン・イクチュンは孤独と闘い、自身の存在価値を見いだすためにボクシングに打ち込んだ。鍛え上げられたしなやかな筋肉が躍動し、互いの思いが交錯する2人の戦いは凄絶で切なく、そして美しい。準備期間を含めれば半年以上、同じリングに立ち苦楽を共にした2人からは同志としての揺るぎないつながりが垣間見えた。(取材・文/鈴木元、写真/根田拓也)

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作家、俳人、戯曲家、映画監督、スポーツ評論家などジャンルを超えた活躍で、今なお日本のポップカルチャーに影響を与え続けている寺山修司。菅田は当然、リアルタイムではふれていないが、蜷川幸雄氏が2011年に「あゝ、荒野」を「嵐」の松本潤、小出恵介主演で舞台化していたことで情報は得ていた。

「舞台を見てはいないのですが、稽古場に劇中の写真がいっぱい飾ってあって、蜷川さんの作る世界観、松潤が上下白のスーツにアロハシャツを着てオールバックにしているさまが、まずファッション的にタイプだったんです」

2014年の蜷川氏の舞台「ロミオとジュリエット」に主演した当時に思いをはせる。その蜷川氏が亡くなった後に舞い込んだ同作のオファーには運命的なものを感じずにはいられない。

「今思えば、蜷川さんのことを思い出しましたね。見てほしかったなあという気持ちもありつつ、どこかで届けという思いもあったのかなと。寺山修司さんがやっていたいろいろなことも、それこそ荒れた地に花を咲かせる作業に一瞬思えて、だからこそ人はつながりたいと思うんでしょうけれど、いつの時代も大なり小なり悲しいことはなくならないという、荒野というものにすごく共感しました」

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少年院から出たばかりで家も職もなく行き場のない怒りに身を任せて生きる沢村新次と、きつ音と対人恐怖症に悩み自我を解放させたいと願う二木建二。2人は元ボクサーの堀口の誘いでボクシングと出合い、プロを目指していく。原作は1966年が舞台だが、映画は同じ東京五輪後の2021年に設定を置き換え、新次を捨てた母親、建二を虐待する父親ら原作にはない2人を取り巻く人物を登場させ濃密な人間ドラマを構築しているが、一貫しているのは2人がはい上がろうとするあがき、熱量だ。

09年に監督・主演の「息もできない」で世界に衝撃を与えたヤンのキャスティングは斬新。同作を配給したスターサンズの社長で今回の企画・製作を務める河村光庸氏が企画書を持って韓国に赴いたのがきっかけだったという。

「当時はすごく慌ただしく過ごしていて、すぐに返事ができる状態ではなかったけれど、企画書を読んだ時点でやるべき、やらなければいけないと思ったんです。すごく肉体的で本能的な作品になるんじゃないかと。最近の映画は派手なものが多いけれど、これはちょっと原始的な匂いもする。年齢的にも40歳くらいだったのでなかなかできる役ではない。すぐにやりたいという気持ちになりました」

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菅田も「息もできない」をはじめ、日本映画の「かぞくのくに」などヤンの出演作を見ており、その存在に背中を押され大きなモチベーションになったと明かす。

「『息もできない』に関して言えば生もの感というか、それだけのパワーと狂気的なもの、怖さが画面から伝わってきた。何本も映画をやっていると、自分が出ていても出ていなくてもどこか客観視することが増えてしまう。でも、『息もできない』はただの観客にさせてもらえた。そのヤンさんとできるのは光栄なことですし、純粋に幸せだなと思いました」

一方のヤンも、菅田の存在は知らなかったものの、初対面で新次のキャラクターに通じる野獣性、激情を感じ取っていたようだ。

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「お会いした時に、急にどこからかオオカミが1匹現れたような気持ちになったんです。映画界にいればだいたい飼い慣らされた動物のようになっていく人が多い中で、全く訓練されていない野生動物がやって来た。脚本や映画を撮る環境といった鎖につないでおかないと大変なことになると思わされました」

日本を代表する若手演技派と、韓国が誇る性格俳優の邂逅(かいこう)で踏み出した荒野。だが、それ以前から大前提となるプロボクサーとしての体づくりをそれぞれの国で始めていた。階級を合わせるために菅田は増量、ヤンは減量を求められ、互いの経過は動画で確認し合っていた。

菅田「もう、ボクシングをいっぱいしました。とりあえずはいっぱい食べて体を大きくして、そこから炭水化物をだんだんカットしていく。試合(の撮影)前日までずっと抑えて、当日に食べると何を食べてもエネルギーに変えられる状態になるんです。パンチを打った時の背中の筋肉や脇腹、肩回りの大きさなどを重点的にやっていった感じです」

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ヤン「僕は『春の夢』という映画の現場で、つま先立ちをしながら歩くことをずっとやって、その後は1日に7~8キロくらい走っては歩いてを繰り返し、腕立て伏せや腹筋をして順調にやせていきました。ボクシングジムにも通って練習しましたが、もう汗の量がハンパじゃない。1時間でコップ1杯の汗がたまるくらい(苦笑)。そうやって、日本に来る前にある程度減量はできました」

新次は「新宿新次」、理髪店で働く建二は「バリカン建二」のリングネームでのデビューに向け順調な滑り出しといえる。だが2人にはプロとして戦うため、建二のデビュー戦の相手としても出演しているボクシング指導のトレーナー・松浦慎一郎による、さらなる過酷なトレーニングが待ち受けていた。

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