劇場公開日 2012年9月15日

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鍵泥棒のメソッド : インタビュー

2012年9月12日更新
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堺雅人、香川照之、広末涼子が引き起こした、見事なまでの化学反応

内田けんじ監督の3年ぶりの新作「鍵泥棒のメソッド」に主演した堺雅人、香川照之、広末涼子の3人は、練りに練られた脚本と妥協なき演出のもとで一瞬たりとも目が離せない群像模様を構築した。あうんの呼吸は、撮影から時間を経てもまったく色あせていないようだ。ひとつの話題に対しそれぞれが次々と言葉を重ね、会話が膨らんでいく妙味。まるで映画の“その後”を見ているような感覚にもなり、自然と心が弾む。三者三様の思いが内田監督の思惑と合致していくトーク・セッション、ぜひともご堪能あれ。(取材・文/鈴木元、写真/堀弥生)

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「やっぱり3人そろうと話が面白いね」

堺はインタビュー終了直後にこう語ったが、その言葉、そっくりそのままお返ししよう。それほど3人が奏でるアンサンブルは絶妙で、どんどんと話に引き込まれてしまった。それが緻密な計算のうえに成り立ち、会話だけではなく表情やしぐさ、間の取り方に至るまで存分に味わえるのが「鍵泥棒のメソッド」だ。

売れない役者の桜井(堺)は出来心で、銭湯で転倒して気を失った男(香川)のロッカーの鍵を自分のものとすり替えてしまう。男は記憶をなくし桜井として生きるはめになるが、実は誰にも顔を見られたことのない伝説の殺し屋・コンドウだった。そこに、職場で結婚宣言をした雑誌編集長の香苗(広末)が加わり、事態は思わぬ方向へと転がっていく。

内田監督が執筆に約1年半を費やし、撮影中も常に書き直しをしていたオリジナル脚本。「アフタースクール」に続く2作目となる堺は、「こんなに楽だったんだと、あらためて発見した次第」と、思わぬ言葉で撮影を振り返る。

「準備に3、4年かけていますから、内田監督の中である程度、役者が思いつくパターンを考えていらっしゃる気がするんです。だから指示も的確だし、どれだけ(俳優を)遊ばせようかというものもしっかりしていると思うので、参ったなあということが一切なかった。てきぱきとスムーズに、取材のときに話すエピソードが何もないくらいつつがなくいきました。本当に楽でしたねえ」

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とはいえ、役者が売れない役者を演じる難しさは伴うはず。それは認めつつも、あくまで内田監督に身をゆだねることで乗り切れたという。

「お芝居をしているというお芝居をするわけですから、難しいといえば難しい。逆に何もしない方がいいのかなと考えて、現場では監督にその都度指示していただいたのでありがたかった。役者って、つくり込んじゃうと自我が出すぎるところがあるので、監督との信頼関係ですべてお任せしたのが良かったかもしれないですね。あざとくしようと思えば、いくらでもあざとくできちゃうんで」

対する香川は、常にオリジナルで勝負する内田監督にかねて注目していた様子。いかなる撮影になるか楽しみにしていたそうだが、記憶の有無で演じ分ける“二役”という設定以上に、脚本を読み込む重要性を再認識したようだ。これには、堺も納得する。

香川「僕の中では、二役というのは分けなくていい、最初から(観客が)そう見てくれるので、むしろ統一したものを出した方がいいと思っています。人のリアクションは、実は80%くらいしかしていなくて、20%は聞き逃している。でも、内田監督が求めているのは、100%反応し合う人たち。そういう細かい反応の具合は日常生活でも見落としているから、絶対に脚本でも見落としがちなんです。脚本が読み込めていないって思いました。だから、単純に内田監督の言うことを守ると。役柄にアプローチするというよりは、反応の具合によって記憶がある人とない人を組み合わせていきました」
 堺「そうでしたねえ。すごく細かい演出をされていた」
 香川「監督が9割方やってくれるので、役者は本当にだるまに目を入れるだけなんですよ」
 堺「それ。ありましたねえ。3人のところは特にそうだった」

ヒロインの広末は、堺と香川の出演が決まっている段階で脚本を手にした。それぞれと共演した経験はあり、2人と一緒の現場を体験できる期待感が出演の大きな決め手になった。

「お二人が選んだ脚本なら間違いないという確信があり、お二人のお芝居をイメージして読んだら楽しくて仕方がなかった。あっという間に読み終えてしまったので、そういう安心感もありました」

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香苗は常にクールで潔癖症。ほとんど表情を変えることもない。唯一のアクセントはメガネくらいで、これまでの広末のイメージとは一変した女性像を見せる。

「今までのお芝居は感情を表現する、出す、形にしていくことが多かったけれど、今回は全部抑える作業。監督にはカット割はもちろんお芝居のひとつひとつ、声のトーンやテンションまで事細かなイメージがあったので、それに毎回妥協せずに近づけていく作業でした。自分でつくり出すというより、自分が思ったことを逆に抑えていくような新しい発見がありました。今までは役を演じているつもりでも、いかに素の自分が反映されてしまっていたのかと思い知った感じです」

そう。内田監督はとにかく妥協しない。キャラクターの一挙手一投足、その背景に及ぶまで明確なビジョンがあり、そこから外れることを許さない。かといって、それで役者を追い込むという雰囲気にはならないと、3人は口をそろえる。

広末「自分たちが計算できないシーンがナチュラルに進んでいくから、シーンの途中でカットがかかっても、普通はドキッとしたり悲しくなったりするのに、それがなくて不思議でした」
 香川「そうだね。止められたってことは修正すべき点が必ずあって、それを的確に言われてなるほどとなるんですが、そこを通過すると、今はうまくいったなとなっていくんです」
 広末「どんどん気持ち良くなっていった感じですね」
 香川「コンドウが記憶をなくして、吸えないたばこを吸おうとしたときの咳(せき)はこれだというのがあって、僕がやっている咳とは違っていたりする。つくり込んでという一直線の明確なラインが見えているから、車がちょっとでも外れると、はいもう1回となる」
 堺「よく覚えてますね」
 香川「えっ、でもそんな感じでしたよね」
 堺「そうでした。そうでした」
 香川「僕もしゃべりながら、思い出しているんだから」
 堺「すっごい」

この漫才にも似たやりとりが、撮影の楽しい雰囲気を物語っている。この“ボーイズトーク”は、すべての発端となる香川が銭湯で派手にこけるシーンの話題でピークに達する。

香川「切り返しで4、5回ジャンプしましたけれど、下にマットが敷いてあるので役者の具体的な作業としては楽しいんですが、それほど大変じゃないんです。思い切りジャンプするだけなので」
 堺「格好良かったですよ。スタンバイの時にお尻出しながら(浴場に描かれている)富士山を背負っているんですよ」
 (ここで香川がおもむろに立ち上がり実演を開始する)
 堺「もうねえ、年賀状にしたいくらいのいい感じでした。ロンドン五輪でも通用するくらい」
 香川「でも、真剣だったんだよ」
 堺「本当に真剣。それを全裸の堺雅人が『頑張ってください』と言って。あ、全裸じゃない。前張りはしていました」

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その間、広末が口を押さえて笑いを必死でこらえている姿もほほ笑ましい。このあうんの呼吸が、特に3ショットのシーンでいかんなく発揮されている。見事な化学反応とでもいえばいいのか。だがこれも、内田監督の想定内だというからいい意味ですっかりだまされたようだ。

香川「鈍感な人たちの出会いだから、鋭敏に化学反応をしてはいけないという鉄則があったような気がします。それぞれがやりきって、いかに筋書き通りの球を投げられるかということ。それがすごい化学反応が起きてこうなったって見えればいいわけですから」
 堺「なるほど。化学反応が予期せぬググッという加速だとしたら、それはなかった。あらかじめスピードは全部決められていた、本当によくできた本とプランだったと思います」
 広末「お二人のお芝居が面白いので、本当はお客さんとして見ていたいくらい、3人のシーンなんて何とも言えない。お二人の間にいることが楽しくて仕方がなかった」

“内田ワールド”の中で監督の駒となることに徹しながら撮影を楽しみ、それぞれに新たな個性を引き出し魅力あるトライアングルを形成した3人。満足感も相当なもので、堺が全員の共通する思いを口にした。

「やりきった感とは違う、本当につつがなくプロジェクトを終えて高いところに皆で行けた感とでもいうのかな。毎日が楽しいから、もっとやりたいなあというのがあったし、打ち上げは盛り上がりましたからねえ」

おまけに、もうひとつ。どうしても気になるシーンがある。桜井が窮地を脱するために、やくざ(荒川良々)を相手にある大芝居を打つ。このテンション高めの“大演説”が、後に今年4~6月放送のドラマ「リーガル・ハイ」の冗舌豪腕弁護士・古美門研介につながる萌芽ではないかと深読みしてしまったのだ。これに対する堺の見解。

「ないです、ないです。あ、あそかか? あそこで生まれたのかなあ? じゃあ、そういうことにしておいてください」

では、そういう解釈をさせていただきます。お後がよろしいようで……。

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