夢売るふたり : インタビュー
西川監督は「蛇イチゴ」の宮迫博之、「ディア・ドクター」の笑福亭鶴瓶ら意外といえるキャスティングで作品を成功に導いてきた。今回の松に関しても、貫也役の阿部サダヲを含めその意外性、予想のつきにくさがポイントだったと強調する。
西川「松さんがやってくれたらどうなるの? というのがよく見えない部分があってそこが面白いんですよね。想像がついちゃったらやる意味がない感じがして。松さんもいろいろな役をやっていますけれど、うまく想像ができない霞(かすみ)がかかったようなところが(起用の)一番の理由だったかもしれない。どんなものを出してもらえるのかなあっていう期待感もありました」
そんな監督の期待をよそに、松はどちらかといえば貫也のキャラクターが気になっていた様子。だがそれも、夫を思う妻の気持ちになりきり役に入り込んでいたととらえればうなずける。
松「監督が女を描きたい、夫婦を描きたいと思っているのに、私は『これ、貫也の話でいいんじゃないですか』とか、『(序列を)貫也、里子の順番にした方がいいんじゃないですか』という頓珍漢なところに目をつけてしまいました。もしからしたら既に里子目線になっていて、夫ありきの妻みたいなイメージがあったのかもしれません。漠然とですが、もうちょっと年齢を重ねてから出合ってもいい役なのかなとは思いました。そこが難しさといえるのかもしれませんけれど」
では実際の撮影はどうだったのだろう。事実、西川監督はクランクイン前に「お2人の組み合わせで夫婦をやってみて一体何が起こるのか、私もさっぱりワカリマセーン」とコメントしている。
西川「本当にずっと一緒にいた夫婦のようにしっくりきていて、あれ? お店やっていますかって感じだったんです。2人が向かい合って見つめ合うのではなく、同じ方向を向いている姿がとても自然でした。私が書いたキャラクターがどういう顔をするかは自分の中でのっぺらぼうでしたけれど、2人のお芝居を見ているとこの人たちがお隣に住んでいると好ましいと思えるほど無垢でかわいいんです。それは2人がつくられた雰囲気だと思うから、悪いことをしているのに悪いことをしていないかのように見えるさわやかさ(笑)、それがすごく面白かったですね」
撮影は昨年10月初めにクランクアップ。松は「居心地のいい現場でした」と振り返るが、実はその先に試練!? が待ち受けていた。今年1月に1人だけのシーンが残されており、その間にフォークリフトの免許を取得しなければいけなかったのだ。
松「全体の打ち上げがあったんですけれど、私はとても打ちあがる気分になれなくて…。免許が取れなかったら、ラストシーンの作業も変わっちゃうし。本当に必死でしたよお。だから、冬の撮影が終わったときはすっごくホッとしました」
西川「免許を取る4日間ほどは、見たことがないくらい必死な松さんが見られました。取得の成果を発揮されるシーンはいつものように淡々とやられていましたけれど、アップの時に松さんの目から涙がポロッと出たからすごく驚いちゃった」
この西川監督の“暴露”には照れ隠しなのか大爆笑で応えた松。そんな努力のかいもあったのか、充実した撮影であったことをうかがわせる笑顔も見せる。西川監督も同様で、納得した表情。そして、作品への自己評価とともに松(と阿部)に惜しみない賛辞を送った。
西川「こういうシーンを撮るはずだったのにということを一切思わない作品ができていて、ロケ場所などはちょっとイメージが違う部分もあって、どう埋めようかちゅうちょした部分もあったのに、でき上がったものを見ると一切の後悔がなかった。だまされる女性たちは皆非常にチャーミングでかわいいところがある人たちで私は愛してやまなかったんですけれど、唯一、里子のことだけはすごく厳しく育てたんです。脚本の段階から人間のもつ悪いところ、暗いところに突っ込んでいったので、近親憎悪もあり格闘しているところもあったんですけれど、松さんがやってくれたことで里子というキャラクターを愛せたんです。何回見ても里子と貫也には発見があるし、見れば見るほど好きになる。どうしても演出上のミスを見てしまうので、こんなことってあまりないんですよ」
「夢売るふたり」は日本公開後、カナダ・トロント国際映画祭で上映される。各国の映画祭から出品オファーが来ているそうで、世界に向けても夢を売っていくことになりそうだ。