劇場公開日 2013年1月19日

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東京家族 : インタビュー

2013年1月16日更新
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橋爪功&妻夫木聡「東京家族」で体現してみせた親子の絆

日々の生活のなかで“あたりまえ”だと思っているなかにこそ、かけがえのない幸せがある。山田洋次監督が監督50周年記念作品としてメガホンをとった「東京家族」も、あたりまえのなかにあるかけがえのない幸せ──ごく普通の家族の風景を映し出した、温かな物語。映画のなかで親子を演じた橋爪功と妻夫木聡の間にも、温かい空気が流れていた。(取材・文/新谷里映、撮影/堀弥生)

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物語は、瀬戸内海の小島で暮らす平山周吉と妻のとみこが、子どもたちに会うために東京へやって来るところから始まる。いくつになっても口うるさい父親につい反抗してしまう次男・昌次を演じた妻夫木は、「涙そうそう」以来となるベテラン俳優・橋爪との共演に胸躍らせた。

「この映画は(小津安二郎監督の)『東京物語』へのオマージュでもあって、それを意識しなくてもいいのかもしれないけれど、なにかと比較されがちじゃないですか。だから、一緒にお芝居をする楽しみはもちろん、(笠智衆さんの演じた周吉を)橋爪さんがどういうふうに演じられるのかなという、勉強させていただく感覚もありましたね。また、僕の役はオリジナルでは戦死した役。橋爪さんが昌次に対してどういうアプローチをされるのか楽しみだったんです」。完成した作品を見てうならされたのは、橋爪が自然と醸し出す空気感。「品川駅で右往左往する感じが、本当に初めて品川駅に来たように見えてすごいなと思ったんです。ああいう空気感をお芝居で出すのは難しいこと。本当にすごいです」

妻夫木の言葉に、「ブッキーは俺をそんな意地悪な目で見ていたのか(笑)」と反応する橋爪。冗談を言い合えるほど仲のいい2人だが、映画のなかの父と息子の間には多少の壁が存在する。その隔たりを出すため、妻夫木はあえて距離を置こうとしたそうだが「橋爪さん、すごく話しかけてくるんですよね(苦笑)」。いまだからこその告白に、橋爪は「そうそう、途中でそのことに気づいた(笑)。この親子はあまり話をしない、だからブッキーは俺にあまり話しかけてこないんだって」。そんなざっくばらんな会話は、撮影現場がきっと温かなものだったのだろうと想像させる。そして、「いいシーンがあるんですよ」と、橋爪が母と息子のシーンを思い返す。

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「昌次のアパートをとみこが訪れるシーンがあるんですが、あのシーンがすごくいいんですよ。そのシーンの母と息子の空気感を出すために、ブッキーは初日から吉行(和子)さんのそばに行って、ずっと話をしていたんです。いくら役のためとはいえ、初共演だとなかなかできないもの。すごいですよ。で、吉行さんに『妻夫木は何を話しにきたんだ?』って聞いたら『あの人ね、お風呂でどんな入浴剤を使っているんですか? って聞いてきて、若いのに変なこと聞くのねと思ったの。でね、“蘇れ、赤ちゃん肌”というのを使っているのよって言ったの、って(笑)」。橋爪が「いいシーン」だと言うそのシーンは、誰もが自分の母を思い出し、重ね合わせ、胸を熱くする。

見えない空気感を大切にしたのはもちろん、見た目を似せているのも演出のひとつ。橋爪と妻夫木には、“ヒゲ”を生やすという共通の作業があった。台本には書かれていないキャラクター作りのきっかけとなったのは、「『東京家族』の前に井筒組で『黄金を抱いて翔べ』の撮影があって、役柄のためにヒゲを生やしていたんです。で、その格好で『東京家族』の衣裳合わせに行ったら、山田監督が『ヒゲ、いいかもしれないね』って(笑)」。当時の妻夫木の姿からヒントを得た山田監督は、すぐに橋爪に「ヒゲ、生えますか?」と依頼。たかがヒゲ、されどヒゲ、親子らしさのひとつとしてスクリーンに刻まれた。

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この映画は、山田監督の監督50周年という節目にあたる作品。巨匠と呼ばれる山田監督のことを、橋爪も妻夫木も「シーンひとつひとつが良くなるよう、丁寧な演出をする監督」「自分の持っている力を出し尽くそうと本気になれる監督」だと称えるが、最初は「自分の役で精いっぱいで、監督のこの作品への思いまでは読み取れなかった」と、妻夫木は胸中を語る。

「どこまで小津さんの思いをくんでこの作品をやるのかなというか、小津作品へのオマージュであると勝手に想像していたんです。でも、いざ現場に入ってみると、小津さんは小津さんで、山田さんは山田さん。山田監督は今の東京の家族の物語を撮りたいんだなというのが伝わってきた。家族と家族の絆、それぞれが生きているなかで感じる心と心の重なり合い、すれ違い、微妙な描写を大事にしていたと思います」

また、橋爪と妻夫木が共通して「うらやましい」と感じた瞬間があった。それは、山田監督と旧知の仲である小林稔侍の存在。小林に向かって、あの穏やかな山田監督が「おまえ、演技がヘタクソだなあ」と笑いながら言っていることに驚きながらも、自分もそんなふうに言われたいと嫉妬(しっと)してしまうのだと橋爪は明かす。

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「監督は、小林稔侍のことをものすごく愛しているんですよね。もう、嫉妬しちゃいますし、僕も言われたくなっちゃう。稔侍に『ほんとにねえ、どうしようもないねえ、この役者は』とか言うんですけど、それってものすごく愛情があるじゃないですか。悔しいけれど、あの2人の間には入れないんですよ。で、俺のところに来て『手の掛かる役者はなんかかわいいんですよねえ。手の掛からない役者はもの足りないのが多いんですよねえって言うものだから、俺のことかなって(笑)」。監督に愛されたいと思うからこそ、役者は自分の持つ最大限の力を発揮しようと努力を惜しまない。結果、それがいい作品につながる──すばらしい連鎖だ。

その連鎖によって生まれたシーンのひとつ、ひとり残された父が息子に向かってぽつりと言う「母さん、死んだぞ」というセリフは、橋爪と妻夫木の心を大きく揺さぶった。昌次役の妻夫木にとっては、そのひと言を機に涙腺がゆるむ鍵となる言葉でもあるが、泣けないエピソードもあったと明かす。「橋爪さんの『死んだぞ』という言い方がすごく良いんですけど、セリフをアレンジしたときがあったんですよね。『母さん、死んだぞ』じゃなくて、『母さん、死んじゃった』って言ったことがあって、それじゃあ泣けないよって(苦笑)。監督も『死んだぞ』の方がいいですねって、そんなこともありましたね」。妻夫木の言葉に「そうだよなあ」と笑いながら、橋爪は日本の若手俳優を代表する存在となった妻夫木に「あそこのおまえの顔、いいよなあ。俺が去った後のシーンで、あんなにいい顔しやがって(笑)」と最大の賛辞を贈り、妻夫木は隣ではにかみながら受け止める。

子どもたちに会いにきた周吉ととみこ、久々に会う両親に対して優しくしたいが忙しくてつれない態度を取ってしまう長男と長女、昔から自分に厳しい父とは会話したくない次男──子どもたちにとって両親は誰よりも近い存在で大切なはずなのに、なぜか一緒にいるとわずらわしいと思ってしまうことがある。それが親子というもの。そんな誰もが共感するシチュエーションが描かれる「東京家族」は、まるで自分自身の物語でもある。そして、映画を見終わった後に、両親に電話をしたくなる、実家に帰りたくなる、思い出に浸りたくなる。「東京家族」はそういう映画だ。

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