劇場公開日 2011年3月5日

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「奴隷解放というよりも信念の政治家の生き様と政争の話」アメイジング・グレイス Cape Godさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0奴隷解放というよりも信念の政治家の生き様と政争の話

2013年10月2日
PCから投稿
鑑賞方法:CS/BS/ケーブル

知的

難しい

総合75点 ( ストーリー:75点|キャスト:85点|演出:80点|ビジュアル:80点|音楽:75点 )

 賛美歌の名曲「アメージング・グレイス」誕生の所以は多少知っていたが、アメリカ人ではなくイギリス人の牧師だったのは知らなかった。さてその題名から黒人奴隷解放に関する凄まじい話を予想していたのだが、実際は黒人奴隷解放に大きな貢献をしたウィリアム・ウィルバーフォースの政治家としての奮闘と生き様を描くことが主になっていた。もちろん黒人奴隷の話はこの作品に極めて大きな意味を持つが、奴隷廃止の話よりもウィルバーフォースの人間性や彼の目的達成のための政争が描かれる。

 アフリカから大西洋を超えるまでに半分以上が死ぬこともあるという、人間性を否定され単なる労働の道具として家畜以下の悲惨な運命にある人々を救いたいという思いがある。それは冒頭に登場する、鞭で打たれ続ける倒れた馬車馬と同様である。
 しかし一方で奴隷の存在によって産業が維持され社会が発展し利益を得て国家がその国際的地位を保てるという現実がある。奴隷貿易と奴隷を使った産業によって利益を上げている立場の者たちからすれば、黒人奴隷がどんなに悲惨であるかよりも自らの利益のほうが心配なのは当然の話。
 そんな立場の者たちが既得権益のために手をつくし、対するウィルバーフォースはそんな強大な敵と社会の無知を相手に何度も何度も苦渋をなめながら猶も信念を曲げずに戦い抜く姿がしぶとい。誰が味方になるかを判定して敵を切り崩し、自分の意見を押し通すための情報を集め、相手を出し抜く作戦を考えるという政治劇と彼の信念の行動が楽しめた。友人であり首相であるピットに今注目されているベネディクト・カンバーバッチが配役されていたりして、周りの出演者の演技もしっかりとしているのも良い。美術や衣装の作りも上質。

 ただ残念なのは題名から連想する内容とは異なり、黒人奴隷の悲惨さが直接描写されないこと。イギリスにいる登場人物たちが間接的に見聞きする事柄だけが描かれ、黒人奴隷が輸送される船や閉じ込められる箱が映されるが、そこに人権を蹂躙され死にゆく黒人奴隷は存在しない。ニュートン牧師が自らの行動を悔い改めることになる黒人たちの姿と、それを回想する場面にそのような悲惨な場面を直接描いても良かったのではないか。

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Cape God