劇場公開日 1976年7月1日

「ヒューマンで鈍足な俺たち」ゴッド・スピード・ユー! BLACK EMPEROR 因果さんの映画レビュー(感想・評価)

3.0ヒューマンで鈍足な俺たち

2023年1月8日
iPhoneアプリから投稿

新宿に高層ビル群が建設され始めたのは70年代前半のことで、それまでは足立や練馬同様の取るに足らない郊外だったという。本作が撮られたのはたぶんちょうどその過渡期で、遠巻きに映し出される新宿の街にはポツポツと高層ビルが建ち始めている。しかし基本的には平家が街を席巻していて、暴走族たちが駆け抜ける道路も『AKIRA』よろしく摩天楼のあわいというよりは地方都市の国道といった趣がある。モノクロゆえ具体的な場所は不明瞭だが、おそらく現在の西新宿から甲州街道あたりだろうか?いや、あるいは市ヶ谷あたりかも。新宿区って意外と広いな…

「ブラック・エンペラー」などという大層な看板を掲げる若者たちだが、やっていることはかなりせせっこましい。警察と口頭で小競りあったり道端で集会を開いたり後輩を虐めたり、なんだか落ち目の学生左翼団体でも眺めているようで歯痒かった。特に終盤のゴム青年がネチネチと先輩にケチをつけられ萎縮しているシーンは見ていられない。自由を求めて社会から逸脱したはずの彼らが辿り着いたのはまた別の社会だったという寓話のような悲劇。

ある暴走族隊員の家族が息子の逮捕についてインタビューを受けるシーンがあるが、意外と息子に同情的だったのには驚いた。あまつさえ「ただの点数稼ぎなんじゃないか」と警察への憤りをみせるほどだ。自分のやることなすこと全てにケチをつける毒親のもとでならまだしも、こうして常に自分の側に立ってくれるような親のもとでさえグレてしまうあたり、青年たちは何か理由があるからグレるんではなくて、グレることそれ自体に価値を見出していたんだろうと思う。

ただまあそんなイデオロギーも方向性もないような集団が集団たり得るはずもなく、集会のシーンや喫茶店でクダを巻くシーンなんかは彼らの精神的不統一ぶりが見事に露呈していた。誰も話を聞かない、楽しいことだけやってあとは参加しない、やることがないから後輩をいびる、いびられるほうも終始ヘラヘラしている。「ちゃんとやる」「先輩を立てる」といった美辞麗句ばかりが無意味に消費されていく。これが神の速度とはお笑いだ。柳町光男がどういう距離感で彼らと接していたのか気になる。

因果