劇場公開日 2007年2月24日

叫 : 映画評論・批評

2007年2月20日更新

2007年2月24日よりシネセゾン渋谷ほかにてロードショー

見捨てたことさえも忘れ去った「過去」の象徴こそが幽霊である

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図らずも涙腺が緩んでしまった。あの、心の琴線よりも脳の回路を刺激されることの多かった黒沢清作品に、である。これまでの彼の映画が、不穏な出来事を引き画で見つめる観察者のクールな視点だったとすれば、「叫」は明らかに、幽霊の執拗な出現に翻弄される役所広司のエモーショナルな視座から撮られている。

舞台は東京の湾岸エリア。役所にとって、赤いドレスの幽霊は身に覚えがない。彼女を死に至らしめた記憶などなかった彼が、自分が殺したかもしれないという疑念に囚われていく過程に思わず引き込まれる。彼女を見た者たちは、相次いで「全部なしにしたい」と呟き、近しい者を殺す。相手の顔面を水に浸けて――。

これは、我々が仕出かしてきたことに復讐される現代の怪談だ。海を埋め立て、繁栄という名の未来のために、あらゆる思いを切り捨ててきた人間が、過去から問い詰められる都市伝説だ。我々が見捨て、いや、見捨てたことさえも忘れ去った「過去」の象徴こそが幽霊である。希望だけがない都会の片隅で、捨象されてきた人間の根源的な想念が叫び声を上げる。傑作と呼ぶのは控えよう。本作は、黒沢映画が途轍もない完成度へ到達するための序章のような気がしてならない。

清水節

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