アメリカン・フィクション : 映画評論・批評

2024年3月5日更新

オスカー5部門にノミネート。意識高い人たちを鮮やかに笑い飛ばすブラック・コメディ

日本ではAmazonのPrime Videoで独占配信中、来たるオスカーの作品賞、主演男優賞(ジェフリー・ライト)など5部門にノミネートされているコメディ・ドラマ。人生の岐路に差し掛かった黒人作家が、気まぐれからペンネームで書いた本が思わぬ騒動を巻き起こす。

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中堅作家セロニアス・エリソン(ライト)は、教員をしている大学での言動が問題視され、休暇を命じられる。これを機に新刊の宣伝も兼ね、故郷ボストンでのブックフェアに参加するが、逆に会場で自分の不人気を痛感するハメに。足が遠のいていた実家に行くと、母の介護や兄弟の離婚など、さまざまな現実が待っていた。金も必要になり、半ばヤケになったエリソンは、貧困下層の黒人ギャングが赤裸々に告白する半生という、いかにも白人ウケしそうな実録風犯罪小説をでっち上げる。冗談で書いたこの著作は思わぬ人気を呼び、ミリオンセラーになってしまう。

風刺に溢れ、見事に倫理観が覆される作品だ。原作は2001年にパーシバル・エベレットが発表した、小説家を主人公にしたメタフィクション形式の「Erasure」。主人公の名を全米図書賞を受賞したラルフ・エリソンから採っていたり、1990年代の米出版界をモデルにするなど、刺激的な仕掛けに満ちた内容のようだ。原作者エベレットは今回、脚本と製作でクレジットされている。

本作で監督デビューしたコード・ジェファーソンは元々は記者だったが、当時から黒人絡みの凶悪事件ばかり担当させられたという。またテレビシリーズ「ウォッチメン」の脚本で知名度が上がっても、黒人が酷い目に遭うような企画を要求されたと語る。そんな頃たまたま知ったこの原作を読み、これは自分が監督すべきだと確信、読後すぐに権利交渉を開始し脚本を書き始めた。

ライトは監督から「主役は君だけ、代案は考えていない」と口説かれ、脚本の巧みさにも驚いていたが、その1年ほど前に母親を亡くした経験が、出演する決め手になった。彼が演じる作家エリソンは、父や兄弟はみんな医者という家系に生まれるも、自分だけは好きな道に進み、実家は妹に任せ放し。職場では問題児扱いされ、作家としても微妙だが、誰に対しても上から目線の皮肉屋というインテリのクズキャラ。人種を問わず直面する問題も抱えており、ドラッグや暴力とも縁遠い、世間が思う黒人像からは程遠いのが面白い。

差別を理解するため、逆にステレオタイプを求めて贖罪意識を満たす、そんな我々を写す鏡のような作品。ホワイト・ウォッシュだ、ジェンダー平等だ、と多様性を迫られた近年のオスカー・レースで、本作がどんな結果を残すのか、多くの映画人が注目しているに違いない。

本田敬

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