コラム:佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代 - 第53回
2017年10月2日更新
第53回:ソニータ
これぞまさに、21世紀のドキュメンタリ。何が21世紀的なのかというと、リアル社会で起きているできごとと、映画の中のできごとが同時進行的にシンクロナイズしているからだ。
この映画の設定をざっと説明しておこう。主人公は、ソニータというアフガニスタンのティーンエージャー。彼女は10歳のときにタリバンの圧政から逃れ、イランに難民としてやってきた。生活は厳しい。家賃が払えず、アパートを追い出されそうになり、新しい住処を探し求める。彼女の家族に払える金額で住めるアパートは見つからない。そもそも滞在許可証もなく、アフガニスタンの出生の書類もなく、誕生日もわからない。書類上はどこにも存在しない人間なのだ。
彼女の心の支えは、イランの首都テヘランにある支援センターの人たち。女性の先生やスタッフたちは心を尽くして ソニータを支えようとしていて、その心の優しさに頭が下がる。そして同時に、イランという古い文明を持った社会の奥深さにも思いが至る。
支援センターの授業がとても興味深い。ある時は、ソニータがアフガンで経験したことをクラスメートとともに演じさせる。強烈な記憶の映像を、静止画のように教室の中で再現するのだ。銃を突きつける黒覆面の男。頭を抱えて地面にうずくまる父。恐怖の表情とともに見守る母。母の腰にすがりついて泣く娘。家族を車の中から心配そうに見守る女性。「どれがソニータなの?」と先生に聞かれ、彼女は泣く娘を指し、そしてその時の恐怖が突然蘇ったように涙を流す。
別の授業。「自分のパスポートを作ってみよう」と先生が提案し、みんなで台紙に自分の写真を貼ってパスポートを作る。ソニータは、自分の名前を「ソニータ・ジャクソン」って書く。「ジャクソンって?」と聞かれ、「マイケル・ジャクソン」と彼女は答える。マイケル・ジャクソンとリアーナが大好きで、いつかは有名なラッパーになって、大きな車に乗ってレッドカーペットに乗り付けたい、と夢を見ている。
でも現実の彼女は不法滞在の難民で、金もなく何もなく、有名ラッパーになるなんて途方もない白日夢でしかない。一緒に音楽をやってる仲間と録音スタジオに行ってみるけれど、スタジオの費用なんてとうてい払えない。とぼとぼと帰る二人。
さらにひどいことも起きる。アフガンにいる母が、金のために彼女をどこかの家の嫁として売ろうとするのだ。その金額は9000ドル。支援センターの女先生は母親を説得しようとするけれど、聞く耳を持たない。彼女にはもはや逃げ道はない。アフガンに戻り、どこかの年配の男の幼い妻となって、残りの後半生を過ごしていくしかないのだ。
――なんて切なくて悲しい映画なのだろう、と思いながら観る。世界中で毎日のように繰り返されている、難民の悲劇。
ところが後半に差し掛かってくると、突然大きな反転がある。これが本当に衝撃的だ。本作の核心は、実はここからだ。
その反転を作ったのは、ソニータの日々を撮影し続けている本作品の女性監督ロクサレ・ガエム・マガミその人である。彼女はドキュメンタリー映画の撮影者であるという第三者的な立場を逸脱し、後半になるとソニータの人生に積極的にコミットし始める。カメラの前にも現れるようになる。
そして監督とソニータは一緒に、一本のミュージックビデオを作る。それをわれわれはYouTubeでいますぐ観ることができる。その動画を観る際には、ぜひ動画の情報の部分もチェックしてほしい。そして彼女が今どこでどうしているかは、「Sonita Alizadeh」という彼女のフルネームで検索すれば、たちどころにわかる。でもできれば、映画を観終わって、この衝撃を私と同じように味わってから、情報を検索することをお勧めしたい。
本当にすごい映画ですよ、これは。
■「ソニータ」
2015年/ドイツ=スイス=フランス合作
監督:ロクサレ・ガエム・マガミ
10月21日からアップリンクほかにて順次公開
⇒作品情報
筆者紹介
佐々木俊尚(ささき・としなお)。1961年兵庫県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科中退。毎日新聞社社会部、月刊アスキー編集部を経て、2003年に独立。以降フリージャーナリストとして活動。2011年、著書「電子書籍の衝撃」で大川出版賞を受賞。近著に「Web3とメタバースは人間を自由にするか」(KADOKAWA)など。
Twitter:@sasakitoshinao