マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白 : 佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代

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コラム:佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代 - 第50回

2017年6月8日更新

第50回:マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白

たくましくて強くて、呆れるぐらいに突き抜けた女性の物語。

「B」と呼ばれている主人公の女性は、本名は明かされない。北朝鮮を出て中国に出稼ぎにいったが、なんと農村に売り飛ばされ、そのまま貧しい農家の嫁として10年という長い年月を過ごしてきた。農村の生活は苦しく、北朝鮮にいる家族にも仕送りをしなければならない。彼女はしかたなく「脱北ブローカー」の仕事を始める。

出稼ぎにきた中国で売り飛ばされてしまった女性B 出稼ぎにきた中国で売り飛ばされてしまった女性B

北朝鮮に残してきた二人の息子の将来を案じ、夫もふくめて家族を脱北させる。そして彼女もともに、中国からラオス、タイへ南へ南へと下る長大な「脱北ルート」をたどっていく。途中で捕まれば、北朝鮮に送還されかねない。命からがらタイにたどり着き、そして韓国へとわたり――でも憧れだったはずの韓国でも、北のスパイと疑われ、過酷な日々が待っていた。

ざっくり言えば、そういうストーリー。これだけでもすごい話だが、本作にはもっと驚くべき裏話がある。監督のユン・ジェホは釜山生まれの韓国人で、20歳そこそこでフランスにわたって映画を学び、ドキュメンタリ作品を中心に制作してきて多くの映画賞も得てきた。

その監督が、脱北女性を主人公にした映画をつくろうと中国に向かい、そこでBと知り合った。2013年になって、Bから「中国を出て韓国に向かう」と電話がかかってくる。出発の場面を撮影しようと現地におもむいた監督は、なんと彼女の乗るクルマにどさくさ紛れに乗せられてしまい、そのまま一緒にタイに向かうことになる。

中国人の夫と暮らしていたBだったが… 中国人の夫と暮らしていたBだったが…

映画を撮るはずだったのに、ほとんどカメラを回す余裕もなく、過酷な旅をともにしていく。食事も満足にできず、風呂にも入れず、タイ・ミャンマー国境の危険なゴールデントライアングル地帯を通過するとには、18時間もかけて一晩中山を登らされた。監督はインタビューでこう話している。

「10分も撮影すればへとへとになり、ドキュメンタリも何も、とにかく生き延びなければと、カメラをかばんに突っ込み、狂ったように歩き続けた」

そうしてやっとたどりついたタイ。Bとその息子たちは脱北者として警察に保護されるが、韓国人の監督は「密入国者」ということであっさり逮捕され、処罰されて国外追放になってしまったのだった。「本当に世間知らずでバカだった」と監督。

こういうたいへんな状況の中で撮影された本作。そしてBという女性の、力強くも不思議なキャラクター。「え……なんでその場面で、そういう行動採るの?」と思ってしまう不思議な言動が多く、それも本作のひとつの魅力となっている。

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■「マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白
2016年/韓国=フランス合作
監督:ユン・ジェホ
6月10日からシアター・イメージフォーラムほかにて全国順次公開
作品情報

[筆者紹介]

佐々木俊尚

佐々木俊尚(ささき・としなお)。1961年兵庫県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科中退。毎日新聞社社会部、月刊アスキー編集部を経て、2003年に独立。以降フリージャーナリストとして活動。2011年、著書「電子書籍の衝撃」で大川出版賞を受賞。近著に「レイヤー化する世界―テクノロジーとの共犯関係が始まる」(NHK出版新書)など。

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