コラム:若林ゆり 舞台.com - 第93回

2020年12月4日更新

若林ゆり 舞台.com

宮本といえば、黒澤明監督の名作「生きる(1952)」を、躍動感溢れるミュージカルに仕立て上げた人。今回も映画へのリスペクトを込めつつ、舞台ならではの魅力にこだわっているのは言うまでもない。

「ファンの多い映画の舞台化は、すごいプレッシャーですよ! でもそのプレッシャーが僕は好きなんですね。『やっぱり映画のほうがよかったじゃない』と思わせたくないのと同時に、『舞台版も映画とは違うよさがあったよね。また映画を見直したくなったね』と思ってほしい。このふたつが両立してほしいので、ただ映画をコピーしたようなものは絶対に作りたくないんです。映画とは違う魅力が出せていれば、舞台化した意味がありますからね。『チョコレートドーナツ』はマイノリティへの差別の話になりかねないけど、僕は本質はそこではないと思っていて。『これは誰にでも起こりうることだよ』と言いたいんです。例えば、女性だって結婚はしたくないけど子どもがほしい、という方もいるだろうし、自分で産まなくても誰かと育てたい人もいる。でも今の法律では、それは依然、難しいというのが現実です。彼らだから、ではなくて、誰もが自分にとって『家族って何なんだろう?』とか『愛するって何なんだろう?』、『周りの人が認めてくれること、くれないことの違いは何なんだろう?』と考えるところにテーマを広げたい。そして最後にはやっぱりあの曲(「I Shall Be Released」)で、『希望の光はあるよ』と伝えたいですね」

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宮本は昨年、前立腺がんの手術を経験。復帰直後にコロナ禍で、取り組んでいたオペラ「蝶々夫人」のドイツ公演やブロードウェイ・ミュージカル「The Karate Kid」(映画「ベスト・キッド」のミュージカル版)が中止になるなど、次々と困難に見舞われた。しかし「人生に無駄な経験なんてない」とポジティブに考え、「上を向いて生きる」(幻冬舎刊)という本を上梓。その強さの秘密は?

「僕にとっては前向きになることがそんなに難しいことではなかったんですよね。例えば『チョコレートドーナツ』が公演中止になったとしても、僕はそんなに驚かないと思う。今これをやらせてもらっていることがすごく嬉しいし、中止になっても絶対に無駄にはならないし次につながるし、いつかもっといいタイミングでできるに違いないと思うから。あらゆることをそういう風に、ポジティブに思えちゃうんですよ。何かがあってブレーキをかけられたとしても、僕の人生はそんなことだらけだったので、もう驚かなくなっちゃった(笑)。むしろ『おお、今度はこれが来たか、これを乗り越えられるのかな?』って、どこかでそれを楽しめてしまう。コロナ禍だって、自分自身の生を見つめていろいろなことに気づけるチャンスだと思うんです。僕だってがんになったり人の死に直面したりしたら、その時は落ち込むし混乱しますよ、一瞬だけど。でも、考えれば考えるほどこの人生、そういう経験もプラスにして生きてこられたなと思うから。『生命には限りがある、うじうじ悩んでいる時間がもったいない』と思うし、『今、自分は生かしてもらっているんだ』とエネルギーが出てくる。考え方さえ転換できれば、何ひとつ怖いことはないんですよ」

ポール役の谷原章介(左)と、マルコ役を演じる高橋永(中)、丹下開登(右)
ポール役の谷原章介(左)と、マルコ役を演じる高橋永(中)、丹下開登(右)

稽古場でも、コロナ禍の今だからこそ、エンタテインメントの力を強く感じる日々だという。今だからこそ、エネルギッシュな彼の心はますます熱く燃えている。

「やっぱりコロナ禍で、みんないろいろなことに気づいたと思うんです。家族といる時間の大切さだとか、人恋しさを感じている人が大勢いる。そのことがエンタテインメントと結びついていると思うんですよ。そこに人がいて実際にやっているということは、すごいことで。劇場の客席に、今までにないような“求める”気がうわーっと渦巻いている。だからこそ、舞台にかかわる人たちが熱くなって、一番いい舞台を作っているんじゃないかな。ただ『仕事だから』じゃなくて、それ以上のものだと思っているから。すごく大切な瞬間なので記憶にとどめたいと思うし、僕はそれを絶対に慣れさせたくないと思います。死ぬ瞬間まで、新鮮に自分自身を感じられる、他人(ひと)のことも敏感に感じられる状態でいたい。そういうアンテナを研ぎ澄ましていたい。また何か起こらないとそういうアンテナが錆びついちゃって『まあ、いいや』と思うことのないようにね。作り手みんながそういう感覚でいるから、エンタメがもっと人の心の奥深くに響くんだろうなと思います。やっぱりこれ、心だから。お金のことじゃない、心が一番大事。コロナ禍の中でお客さんの心に届けることが、僕たちの今やるべき仕事だから。それを信じ切って進むだけです」

PARCO劇場オープニング・シリーズ「チョコレートドーナツ」は12月7日~30日、東京・PARCO劇場で上演される。21年1月には長野・上田、宮城・仙台、大阪・梅田、愛知・東海でも公演あり。詳しい情報は公式サイト(https://stage.parco.jp/program/choco)で確認できる。

また公演を記念して、映画「チョコレートドーナツ」が12月11日から24日にかけて、東京の渋谷パルコ8F WHITE CINE QUINTOでアンコール上映される。

※12月6日追記
 PARCO劇場は「チョコレートドーナツ」の出演者1人が発熱し、新型コロナウイルス陽性が確認されたこと、その後の全キャスト、スタッフを対象にしたPCR検査の結果、新たに2人の陽性者が確認されたことを、12月6日に公式サイトで発表した。この事態を受けて、12月7日~16日の公演は中止となり、チケット購入者には払い戻しの対応が実施される。同月18日以降の開催については、後日発表される予定だ。

※12月18日追記
 PARCO劇場は、東京・PARCO劇場で、「チョコレートドーナツ」を12月20日に開幕することを明らかにした。なお13日に出演者1人の新型コロナウイルス陽性が確認されたことから、18・19日の公演は中止となっている。

筆者紹介

若林ゆりのコラム

若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。

Twitter:@qtyuriwaka

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