鈴木三右衛門 : ウィキペディア(Wikipedia)
鈴木 三右衛門(すずき さんえもん、1903年3月25日 - 没年不詳)は、日本の俳優である。本名同じ。旧芸名は鈴木 三ヱ右衛門(読み同じ)、鈴木 左衛門(すずき さえもん)、川越 一平(かわごえ いっぺい)、鈴木 大介(すずき だいすけ)。
来歴・人物
1903年3月25日、埼玉県比企郡川島町牛ヶ谷戸に生まれる。
1923年11月に開校された日本映画俳優学校の一期生として、1925年5月に卒業。同年、日活大将軍撮影所に入社し、脇役として活躍する。1934年には日活多摩川撮影所に移籍し、1936年の熊谷久虎監督映画『情熱の詩人啄木 ふるさと篇』など多数の作品に出演した。
戦後、東宝を経て1956年に日活に復帰。以後も脇役として十数本の作品に出演したが、1964年の山崎徳次郎監督映画『ギターを抱えたひとり旅』以降の出演作品が見当たらず、以後の消息は不明である。没年不詳。また、1930年代初頭・東宝時代には川越一平、戦時中には鈴木左衛門、1960年代初頭には鈴木大介という芸名で活動していた。
出演作品
- 夫婦全集(1927年、日活大将軍) - 友人瀬戸
- 愛の町(1928年、日活大将軍) - 菊池家三太夫
- 思ひ出の水夫(1928年、日活大将軍)
- 生ける人形(1929年、日活太秦)
- 大洋児出船の港(1929年、日活太秦)
- 天国其日帰り(1930年、日活太秦)
- 山に鳴る男(1931年、日活太秦) - 亭主
- しかも彼等は行く 前・後篇(1931年、日活太秦) - 植木屋の爺
- 五人の愉快な相棒(1931年、日活太秦) - 生糸楽本舗主人
- 仇討選手(1931年、日活太秦) - 床屋のおやじ
- 前線部隊(1934年、日活多摩川) - 加藤の父
- うら街の交響楽(1935年、日活多摩川) - 老夫婦
- 無情の夢(1935年、日活多摩川) - 健造
- 少年靴屋(1935年、日活) - 三輪政吉
- 人生劇場(1936年、日活多摩川) - 上園
- 生命の冠(1936年、日活多摩川) - 漁夫
- 隣の奥さん(1936年、日活多摩川) - 美知子の父
- 高橋是清自伝 前・後篇(1936年、日活多摩川) - 同父
- 蒼氓(1937年、日活多摩川) - 本倉
- 裸の町(1937年、日活多摩川)
- 限りなき前進(1937年、日活多摩川)
- 令嬢殺し犯人(1938年、日活多摩川) - 金子宗吉
- 路傍の石(1938年、日活多摩川) - 巡査
- 爆音(1939年、日活多摩川) - 東京のおぢさん
- 土(1939年、日活多摩川) - 源さん
- 汐風の乙女(1939年、日活) - 直蔵
- 歴史 第一部 動乱戊辰(1940年、日活多摩川) - 福島屋平兵衛
- 悲曲「母」(1940年、日活多摩川)
- 武蔵野夫人(1951年、東宝)
- 生きる(1952年、東宝)
- 吹けよ春風(1953年、東宝)
- 安五郎出世(1953年、東宝) - 軍造 漁業組合理事長
- 花の中の娘たち(1953年、東宝) - 吉村
- 太平洋の鷲(1953年、東宝) - 特高係官A
- 七人の侍(1954年、東宝)
- 潮騒(1954年、東宝)
- むすめ巡礼 流れの花(1956年、日活) - 駐在の警官
- 女子寮祭(1957年、日活) - 先生
- 狂った関係(1957年、日活) - 和尚
- フランキー・ブーチャンのあゝ軍艦女護が島奮戦記(1957年、日活)
- 美しき不良少女(1958年、日活) - 校長
- 陽のあたる坂道(1958年、日活) - 一杯のみ屋の親爺
- 素っ裸の年令(1959年、日活)
- ギターを持った渡り鳥(1959年、日活) - 海上保安官1
- 白銀城の対決(1960年、日活) - 助役
- 海を渡る波止場の風(1960年、日活) - ビワ畠の主人
- 星の瞳をもつ男(1962年、日活) - 榊欣造
- 浅草の灯 踊子物語(1964年、日活)
- 鉄火場破り(1964年、日活) - 人力車の客
- 執炎(1964年、日活)
- ギター抱えたひとり旅(1964年、日活)
参考文献
外部リンク
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 | 最終更新:2023/11/06 13:31 UTC (変更履歴)
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