シルビア・クリステル : ウィキペディア(Wikipedia)

シルビア・クリステル(Sylvia Kristel、1952年9月28日 - 2012年10月17日)は、オランダ・ユトレヒト出身のファッションモデル・映画女優。身長174センチメートル。瞳はモスグリーン。

来歴

両親はオランダ・ユトレヒトで宿屋を経営していた。妹と弟が1人ずついる。その宿屋に11年間住んだ。2006年にフランスで出版された自叙伝「Nue」(英語の「Nude」) によると9歳の時に宿泊客にレイプされた。両親は仕事に忙しく、子供に酒を与えて寝かしつけていた。自叙伝ではドラッグやアルコールに溺れた生活や、歳の離れた男性に惹かれてしまう性癖が記されている。さらには11歳の頃からヘビースモーカーであった。12歳から15歳まで宗教関係の寄宿学校で学ぶ。14歳の時に父親が家を出ていき両親は離婚。17歳でモデルの仕事を始めた。アムステルダムの大学へ入ったが中退。ウェイトレスやファッションモデル、秘書など20種類に近い職業を転々。1973年にはミスコンテスト「Miss TV Europe」で優勝している。IQが165あり、小学校では4学年を飛び級という経験をしている。言葉は、オランダ語、英語、フランス語、ドイツ語とイタリア語を話せるという、マルチリンガルな才能を持つ。

どうしても映画女優になりたくて、クロード・ルルーシュに売り込みに行ったり、オランダのショウビジネス界に影響力を持つピム・デ・パラに売り込み、パラの紹介で3本のオランダ映画に出演し、女優の道を歩き始めた。

1973年に『処女シルビア・クリステル/初体験』で映画デビュー。3本のオランダ映画は全て1973年製作で、タイトルは、『Because of the Cats』『Frank en Eva』『Naakt over de schutting』で、『エマニエル夫人』公開前は全て日本で未公開のため、それぞれ『猫が原因』『フランクとエバ』『フェンス越しの裸体』と直訳されていた。映画デビュー作は日本では『猫が原因』と報道されていたが、『エマニエル夫人』公開後のシルビア人気で『Frank en Eva』を『処女シルビア・クリステル/初体験』と日本語タイトルを付け、これを映画デビュー作と称して日本でも公開された。

オランダ時代に27歳年長のベルギーの作家・詩人・フーゴ・クラウスと同棲し、1975年に生まれたアルチュールという息子が1人おり、彼もまた映画俳優になっている。1970年代半ばを通して、フーゴ・クラウスと交際していた。

1974年にエマニュエル・アルサンの人気小説『エマニュエル』を映画化したソフトコア映画『エマニエル夫人』に出演し、世界的な名声を獲得する。その後の続編3作とテレビシリーズにも出演している。

彼女は自らエマニュエルのような役を自分のはまり役と考え、しばしばこのような役を演じている。例としてチャタレイ夫人や第一次世界大戦での女性スパイ、マタ・ハリなどが挙げられる。

彼女は映画で共演したイアン・マクシェーンとともに、息子のアルチュールを残して、アメリカ・ロサンゼルスに移住。アメリカでの女優としての成功を目指した。しかし、イアンとの5年間の同棲は結局破綻した。この間にコカインを覚えた。その後、2度の結婚を経験。相手はアメリカ人ビジネスマン(5ヶ月で離婚)と次は映画プロデューサーであったが、破産により関係も破綻。その後、ベルギーのラジオ番組のプロデューサーと10年間ほど暮らした。2002年に喉頭癌、2004年には肺癌の手術を受けている。

2008年9月、日本のテレビ番組『SMAP×SMAP』にゲスト出演している。

晩年はオランダのアムステルダムに居住。年下の男性と同棲し、絵を描くことに没頭して暮らした。2012年6月に咽頭癌の手術を受け、その後に脳卒中で倒れてアムステルダムの病院に入院していたFRIDAY 2012年7月20日号(7月6日発売)96-97頁 脳卒中に倒れた『エマニエル夫人』は幸せだったのか。同年10月17日、入院先の病院で死去エマニエル夫人…シルビア・クリステルさん死去 読売新聞 2012年10月18日閲覧。。

主な出演作品

  • 処女シルビア・クリステル/初体験 Frank en Eva (1972年)
  • エマニエル夫人 Emmanuelle (1974年)
  • 卒業試験 Es war nicht die Nachtigall (1974年)
  • 暴かれたスキャンダル Un linceul n'a pas de poches (1974年)日本劇場未公開
  • 続エマニエル夫人 Emmanuelle l'antivierge (1975年)
  • 危険な戯れ Le Jeu avec le feu (1975年)
  • 夜明けのマルジュ La marge (1976年)
  • 華麗な関係 Une femme fidèle (1977年)
  • さよならエマニエル夫人 Goodbye Emmanuelle (1977年)
  • シルビア・クリステルの ピンク泥棒 René la Canne (1977年)
  • ルトガー・ハウアー&シルビア・クリステルの ミステリーズ Mysteries (1978年)
  • エアポート'80 The Concorde ... Airport '79 (1979年)
  • ピンクのルージュ Letti selvaggi (1979年)
  • 0086笑いの番号 The Nude Bomb (1980年)
  • プライベイトレッスン Private Lessons (1981年)
  • チャタレイ夫人の恋人 Lady Chatterley's Lover (1982年)
  • シルビア・クリステルの キス・オブ・ゴールド/華麗なる女の闘い The Million Dollar Face (1981年)テレビ映画
  • プライベイトスクール Private School (1983年)
  • エマニュエル Emmanuelle 4 (1984年)
  • シルビア・クリステルの ディープレッスン The Big Bet (1985年)
  • 魔性の女スパイ Mata Hari (1985年)日本劇場未公開
  • レッド・ヒート Red Heat (1985年)日本劇場未公開
  • シルビア・クリステル/蒼ざめた欲望 The Arrogant (1987年)
  • カサノバ Casanova (1987年)テレビ映画
  • ドラキュラ・ウィドー Dracula's Widow (1986年)
  • エマニュエル〜媚薬の香り (1992年 - 1993年)テレビシリーズ ※ビデオタイトルは『エマニュエル・ザ・ハード』
    • エマニュエル 愛欲のチベット Le secret d'Emmanuelle
    • エマニュエル 香港の情事 L'amour d'Emmanuelle
    • エマニュエル ギリシャの誘惑 Magique Emmanuelle
    • エマニュエル カンヌの悦楽 ''Le parfum d'Emmanuelle
    • エマニュエル マンハッタンの背徳 La revanche d'Emmanuelle
    • エマニュエル ベニスの欲情 Emmanuelle à Venise
    • エマニュエル アムステルダムの追憶 Éternelle Emmanuelle
  • シルビア・クリステル/奴隷貴婦人 Silence of the Body 성애의침묵 (1992年)アメリカ・韓国合作映画
  • ブレイントラスト Die Unbesiegbaren (2000年)テレビ映画
  • それぞれのシネマ Chacun son cinéma (2007年)カンヌ国際映画祭60回記念製作映画、オムニバス映画
    • エロチックな映画 Cinéma Erotique
  • Two sunny days (2010年)

出典

外部リンク

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 | 最終更新:2024/10/03 08:09 UTC (変更履歴
Text is available under Creative Commons Attribution-ShareAlike and/or GNU Free Documentation License.

「シルビア・クリステル」の人物情報へ