物語の中心となるのは、ニューヨークの空港で入国審査を待つ、スペインからやってきた幸せなカップル、ディエゴとエレナ。移住のビザも取得し、新天地で暮らす準備は万全だったはずが、説明もなく別室に連行され、密室での不可解な尋問が始まる。なぜふたりは止められたのか? 審査官は何かを知っているのか――? 予想外の質問が次々と浴びせられるなか、やがてある疑念が、ふたりの間に沸き起こる。
わずか17日間で撮影された「低予算×監督デビュー作」ながら、世界15カ国の映画祭で20受賞を達成した「入国審査」。米映画批評サイト「Rotten Tomatoes」では、批評家スコア100%、観客スコア97%(7月4日時点)という圧倒的な高評価を獲得している。ロハス監督とバスケス監督は、ジャパンプレミアでの本編上映後、トークイベントに参加した。
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(以下、トークイベントでのQ&A)
(C)2022 ZABRISKIE FILMS SL, BASQUE FILM SERVICES SL, SYGNATIA SL, UPON ENTRY AIE――まず、本作の誕⽣のきっかけについて。おふたりとも、劇中のディエゴと同様にベネズエラ出⾝、バルセロナ在住とのことで、物語はおふたりの実体験がもとになっていると伺っていますが、どんな体験だったのでしょうか? また、それを映画化しようと思ったきっかけは何でしょうか?
ロハス監督「この映画の物語には私たちと周りの人たちの経験が入っています。ベネズエラ出身なので、アメリカの入国管理では元々要注意の国として、ベネズエラの旅券(パスポート)だと素直に入国することが難しい現状がありました。それにより私自身、入国管理局に対する反感や恐怖があります。誰も見ていないところで行われる“審査”で、実際何が起きているのかを語りたかったんです」
バスケス監督「もうひとつ、この物語のポイントは、カップルの女性・エレナの存在です。ヨーロッパの国の国籍である彼女は、私たち南米の国出身の人がどんな苦労をしているのか知らない。例えば人種や宗教などいろいろな差別があるなかで、自分の国籍でそもそも差別されるということを知ってもらいたかった。彼女のように経験がない人たちにも、もし自分が移民の立場だったらどうなるかを知ってもらいたいとも思いました」
ロハス監督「今回、スペインのパスポートで入国しましたので、とてもスムーズでしたし、空港は静かでした。ベネズエラのパスポートで来ていたらどうだったかわかりませんが(笑)」
バスケス監督「静かな空港のどこかで、もしかしたらどこかの国の人が二次審査をうけていたかもしれませんね」
(C)2022 ZABRISKIE FILMS SL, BASQUE FILM SERVICES SL, SYGNATIA SL, UPON ENTRY AIE――おふたりは20年来の友人だそうですね。脚本もおふたりで書かれていますが、どのように共同作業をされましたか? またその際、体験部分とフィクション部分をどのように融合されたのでしょうか?
ロハス監督「自分たちや知人などの体験談を参考に、主人公のカップルをいろいろな視点で描こうと思いました。脚本の構成については、あるカップルが
入国審査の二次審査に連れていかれることは最初から決めていて、二次審査のなかで初めて明らかになる事実により、ふたりの関係に影響がでてくるという流れを考えていきました。結末も最初から決まっていました」
「ふたりで行う脚本作業はまさに手が4つあるような感じで(笑)ともに進め、コロナ禍でもリモートで一緒に作業していました。そしてこの作品はセリフも重要なので、お互い声に出して読んで、リアルに聞こえるか、何かおかしいところはないか、確認し合ったりしました」
(C)2022 ZABRISKIE FILMS SL, BASQUE FILM SERVICES SL, SYGNATIA SL, UPON ENTRY AIE――エレナが「スペイン出⾝?」と聞かれて、何度も「バルセロナ」と答える場⾯が印象的です。⽇本の観客には少しなじみがないかもしれませんが、彼⼥のカタルーニャ出⾝者としてのアイデンティティについて、もう少し詳しく教えていただけますか?
バスケス監督「スペインのなかでも多様性があることを表現したかったのですが、エレナは自分がスペイン人であるというよりもカタルーニャ人であるという意識が強いので、出身を聞かれ『(スペインではなく)バルセロナ』とつい答えてしまうのです。実際カタルーニャに住んでいるとそういうことを実感しますし、この映画では、彼女は実はスペイン人でいるのが嫌で、カタルーニャ人だけでありたいのだけれど、一方のディエゴはスペイン人のパスポートが欲しいわけです。カップルのこういったコントラストが面白いのではないかと考えました」
――本作はほとんどが空港の限られた空間のなかで展開します。緊張感を持続させる⾒事な演出が光っていました。密室劇を成⽴させるうえで、カメラワークなど、どんな⼯夫をされたのでしょうか?
ロハス監督「本作は17日間で撮影しました。そのなかの11日間を尋問のシーンに費やしました。そしてほぼ順撮りで撮影しています。ですので、キャストも私たちスタッフも、自然にストーリーの流れに入っていくことができました。そして撮影の数日前からカメラアングルを細かく考えて、どうやったら登場人物の気持ちが一番表現できるかなど工夫し、どのようにすれば観客も登場人物と同じように圧迫感や不安を感じてもらえるか、考えていきました。キャストも素晴らしかったですね。またリズムを崩さないことにも注力し、私たちの優秀な編集マンが、時計と同じようにリズムを刻むようなイメージで、一定のリズムで編集をしてくれました」
「またできるだけリアルに感じられるよう、撮影時、カメラを動かさなかったので、カメラの存在を忘れるような編集を心がけました。それぞれの質問に次はどう答えるんだろうと、常に不安を感じさせるような編集もよかったと思います」
(C)2022 ZABRISKIE FILMS SL, BASQUE FILM SERVICES SL, SYGNATIA SL, UPON ENTRY AIE――続いては、キャスティングについて。ディエゴ役の
アルベルト・アンマンさんは、アルゼンチン⽣まれでスペイン育ち。エレナ役の
ブルーナ・クッシさんもカタルーニャ出⾝と伺っています。また、審査官役の
ローラ・ゴメスさんはアメリカ・ニュージャージーで⽣まれ、ドミニカ共和国で育った俳優です。役は俳優のバックグラウンドを重ねて、意図的にキャスティングされたのでしょうか?
バスケス監督「この脚本は7年くらい前に執筆したのですが、その時点では俳優は決まっておらず、撮影するにあたってはまず演技力を重視しました。またこのキャラクターを理解してくれるかどうかもポイントでした。主要キャストの4人は昔から知っているかのようにいろいろ話し合ってくれて、それぞれの役柄を深く理解して演じてくれました」
(C)2022 ZABRISKIE FILMS SL, BASQUE FILM SERVICES SL, SYGNATIA SL, UPON ENTRY AIE 続いてふたりは、観客からの質問にも応じた。「カップルを尋問する審査官のひとりが、南米系に見える女性で、ふたりと同じように移民であるようなキャラクターにした理由は?」という質問に、バスケス監督は「重要なのは、ああいった社会に住んでいるとどういう風に変わるかということです。自分がその社会の一員として認められるため、元々の自分の出身地のたちにも厳しくする。本来一番シンパシーを感じてもらえるだろう人に一番厳しくされるということをよく目の当たりにします」と、回答した。
最後に、ロハス監督は「これから劇場公開ですので、気に入ってくださったらぜひ周りに勧めてください。よろしくお願いします」とアピール。バスケス監督は「日本の皆さんにとっては、本作で描かれている内容はあまりなじみがないと思うかもしれない。しかし世界の情勢やそれぞれの国の状況は変わっていきます。これから日本もどうなるかわかりませんし、これは明日のあなたの話かもしれません!」と語った。
「入国審査」は、8月1日に東京の新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国で公開。