【「ヒプノシス レコードジャケットの美学」評論】思わず“ジャケ買い”したくなる。レコード・ジャケットに隠された奥義とは
2025年2月15日 16:00

ヒプノシスは1968年に始動したクリエイティヴ集団である。史上空前のベストセラー、ピンク・フロイドの「狂気」(1973)では黒背景のプリズム、アーサー・C・クラークとスタンリー・キューブリックのモノリスにインスパイアされたレッド・ツェッペリンの「プレゼンス」(1976)、バーに居合わせた6人からの6種のジャケットを袋に入れた最後のオリジナル盤「イン・スルー・ジ・アウト・ドア」(1979)、ピーター・ガブリエル、イエスからポール・マッカートニー、10CC、オリビア・ニュートン・ジョンに至るまで、実に372枚ものレコードジャケットを手がけた。
1964年のある日、デビュー前のピンク・フロイドがケンブリッジのアパートに屯し、酒とドラッグに興じていた。その最中に突然のガサ入れ。全員逃げた部屋にはふたりの若者が残った。「俺は逃げ出す男じゃない」と豪語するストーム・トーガソンとオーブリー・ポー・パウエル(以下ポー)だ。運命的に出会った彼らは固い絆で結ばれた。
1968年、泉の如くアイデアが湧くストームと撮影センス抜群のポーがデザイン事務所を開く。程なくロジャー・ウォーターズが「ジャケットを作ってみないか」と声を掛ける。ピンク・フロイドのセカンド「神秘」(1968)のスリーブを作るチャンスが訪れたのだ。デザインソフトがない時代、バンドの音楽性にフィットするイメージを手作業でコラージュした斬新なデザインには“ドクターストレンジ”の姿も。「わけが分からない」と激高したレコード会社の幹部は「メンバーの写真は必ず入れろ」と厳命した。
1960年代後半から80年代へ、ロックに寄り添ったヒプノシスは時代を牽引する。自由で奇抜、精緻で、時に哲学的で荒唐無稽、エロくて、グロテスクでもあったデザインは唯一無二。すぐにアイデアが浮かぶこともあれば、時にはひたすら音源に耳を傾けてひらめきを待ち、忙しさに追われてボツ案で急場を凌いだことも。
オンリーワンのデザインは瞬く間に注目の的となりオファーが殺到。成功の秘訣は、彼らが音楽を通じて世界の人々を魅了するミュージシャンと真摯に向き合ったこと。時代を熱く生きるバンドの揺るぎない信頼がヒプノシスを時代の寵児へと押し上げた。
1970年に15歳だったアントン・コービン監督は、ポーが撮影した牧牛が物議を醸した「原子心母(Atom Heart Mother)」(1970)やピーター・ガブリエルのジャケットに目を奪われ、最も多感な時期にヒプノシスと出会った。ポーの語りに生前のストームや大物ミュージシャンらの証言から名ジャケット誕生の裏側に迫り、ロックの変遷を堪能できる101分に仕上げた。初の長編ドキュメンタリー完成後、一ファンとして「ヒプノシス発見の旅を楽しむことができた」と喜びを語る。個人的にはレッド・ツェッペリンの巨漢マネージャー、ピーター・グラントの姿がツボだった。
74年、ピーター・クリストファーソンを迎えたチームは破竹の勢いで仕事を続ける。劇中でリフレインされる「Shine On You Crazy Diamond」収録アルバム「炎~あなたがここにいてほしい」(1975)では、ワーナー・ブラザースのスタジオでスタントマンに火をつけて撮影を断行。CGが黎明期だったからこそ生まれた伝説の荒技だ。だが、幸福なる創作の日々は永遠には続かない。1981年にMTVが開局、82年にはCD発売へとデジタル化の波が押し寄せ、写真は映像へとシフトし、彼らの活躍の場は狭められていった。
ヒプノシスの名は、若き日のストームとポーとルームシェアしていたシド・バレットが、部屋の扉に残した落書き「Hip-Gnosis」に由来する。
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