「わたしが寝る男は、わたしが選ぶ。生きかたも自分で決める」写真家・石川真生さんの熱い魂を映した「オキナワより愛を込めて」【二村ヒトシコラム】
2024年8月30日 19:00
作家でAV監督の二村ヒトシさんが、恋愛、セックスを描く映画を読み解くコラムです。今回は沖縄を拠点として活動する写真家・石川真生さんを追ったドキュメンタリー「オキナワより愛を込めて」。
米軍統治下の沖縄に生まれ、返還後の1975年からコザ・照屋の黒人向けのバーで働き始めた石川さんは、そこで働く女性たちや、黒人たちとともに時間を過ごしながら、日記をつけるように写真を撮り続けました。作品の背景となった歴史、政治、人種差別、それらを乗り越えるパワーを持った石川さんの熱い魂と愛を映した本作に、二村さんが迫ります。
かっこいい映画を観ました。映画.com 編集部のMさんから「かっこいい映画が公開されるので観てください」と連絡が入ったので、観てみたらマジでかっこよかったっす。
これは、おばぁが撮った沖縄の文化や自然の写真を美しく並べた観光映画じゃないのはもちろんなんだけど、基地問題の政治ドキュメンタリーでもないんです。主役・石川真生さんの反権力っぷりは、インテリ左翼の理屈じゃない。生きてきたパッションの年季が違う。かつて(50年以上前!)一人のギャル写真家が、黒人米兵たちと恋愛やセックスをしていた自分自身や米軍基地周辺の特飲街の仲間の女たちを撮り、そしてそのころの熱い魂を今もずっと継続させている、そういう映画です。
真生さんは映画の中でご自分でも語ってるけど、言葉の人じゃない。彼女のウチナーグチは、僕が使ってるヤマトの標準語や、立派な政治家や将校のご立派な英語とは違って、そしてアメリカの田舎から連れてこられヴェトナムで殺人に加担させられた一兵卒たちのブロークン・イングリッシュに似て、もっともらしい理屈に向いてない。
真生さんは口で理屈を言わない代わりに写真を撮る。ギャルにしか撮れない当時のギャルの日常写真を撮った。プリクラやスマホのフィルターやインスタグラムがない時代、驚くべきことにモノクロのフィルムでも、かっこいいギャル写真は撮れたんだ。
ギャルとは何か。いまの最新のファッションである必要はない。いつの時代でも肌の露出が多くて派手な化粧をし、ときには裸みたいな格好になり、でもその強い化粧やエロいファッションが、くだらない男に媚びを売るためのものじゃなければギャルだ。ギャルは不良だ。いばっているチンケな男を寄せつけないためにギラついてデコッた姿になる。
かっこいいギャルはギャル自身が思う「かっこいい男」が好き。真生さんのギャル魂とは何か。「わたしが寝る男は、わたしが選ぶ。生きかたも自分で決める。誰にも文句は言わせないし、見下すことも許さない」という精神だ。
僕はギャルじゃないのでちょっとだけ理屈を言うね。かっこわるい偉そうな人は、どうして力を広げて自分が大きくなっていくことが好きなのか。よっぽど自分の「小ささ」にコンプレックスがあるのか。個々人を呑みこんでいって、その誇りを軽んじたあげく「彼らは周辺だ(我々こそが中心だ)。彼らは辺境にいる者だから彼らのことは我々がいろいろ決めて、保護してあげなければならない。彼らはもう我々の一員なのだから我々と一緒にがんばらなければならない」みたいなことを言うが、お前たちに呑みこまれなければ琉球もアイヌもLGBTも、そもそも自分が自身にとっての中心だったんじゃないのか。偉そうな人は世界中どこでも右も左も、そういうことをする。偉そうな人は右翼も左翼も顔が下品だ。
だが真生さんは、僕みたいな理屈は言わない。真生さんは「わたしはさ、顔のいい男が好きだからね」と言う。真生さんが撮った写真の真生さんがつきあった黒人米兵たちは、なるほどイケメンぞろいです。かっこいいイケメンが隣に写っていてこそのギャル写真だ。
だがしかしイケメンの彼らも必ずしも誠実だとは限らない。一緒に生活したりして時間がたつと、じつはステイツ(アメリカ本国)に妻子がいるとか、べつの男が「あいつはもうじきステイツに帰るから、そしたら次は俺の現地妻になってくれ」と、かっこわるいことを言って近づいてきたりとか、そういうこともあった。別れぎわに暴力を振るわれたこともある。いい男で素朴な黒人が全員、中身までいい男なわけじゃない。
真生さんは映画の中でそうした経験も語るけど、でも、その語りが愚痴っぽくないのだ。真生さんには被害者意識がない。ろくでもない男を愛してしまったことがあっても後悔はない。そして謙虚だ。もしかしたら、むしろ加害者意識があるのかもしれない。
もしそうだとしたら、それは真生さんが偉そうな正義感じゃなく衝動で写真を撮り続けてきたからだろう。人間が見つめあい発情しあいながら寄り添って生きていくことは愛だけれど、その見つめた視線を写真として残すことはもしかしたら暴力なのかもしれない。当時、真生さんの近くにいて被写体になった女たちや男たちは、真生さんがいつもカメラを持っていてシャッターを切ることは日常だったから、なんとも言っていなかった。だが、それはそうだとして、ギャランティを払っていない対象の姿を写真に撮って作品として残すということは(あるいは、たとえば文章に書くということも)暴力なのかもしれない。
真生さんはこの映画の中で日常を晒す。たるんだ体のおばぁになった自分の生活も撮られる。ドキュメンタリーのカメラに「そこは撮らないで」とは彼女は絶対に言わないのだろう。同じことをやってきたんだから自分にはそこを拒否する資格がないと言う。
それをまたちゃんと撮って映画本編に使う砂入博史監督もかっこいい。飄々としてて、真生さんと二人で文字どおり向かいあって撮影の合間にタコライス食べたりしてる。編集もポップにテクニカルで大変かっこいいんだが、そんなことよりも今年70歳の真生さんにがっつりカメラを向けて目をそらさないところがかっこいい。日常生活で真生さん、さすがにくたびれておられるんですよ。カメラを向けられても元気を取りつくろえない。でも、ひとたび自分がカメラを握ると真生さんはすぐに嘘なく、まったくエネルギーにあふれる。そのふしぎな生命力。
映画はラストカットでワンカット、やっと沖縄の自然を映す。延々と映る。それはいつまでも終わらず、観ている者に有無を言わさず時間がゆっくり経っていく。お日さまはゆっくりと沈んで、まばゆくなくなり、あんなに暑かったのに海から涼しい風が吹いてくる。人間はなんだって人間に人間を殺すことを命令するのか。日本人の男は、なぜ黒人を好きになって黒人とセックスする日本人の女を差別するのか。ばかばかしくないか。
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