「オッペンハイマー」はいわゆる“ネタバレ”が存在しない作品 知っておくべき史実を多数発見できる【コラム/細野真宏の試写室日記】

2024年4月3日 14:00


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映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)(文/細野真宏)


第96回アカデミー賞で最多7部門を受賞した「オッペンハイマー」が、3月29日から公開されました。本作は「インターステラー」「インセプション」「TENET テネット」などの挑戦的な名作を生んだクリストファー・ノーラン監督作品です。

ただ、正直なところ見終わった際に「クリストファー・ノーランらしさ」は薄いと感じました。

一方で、クリストファー・ノーラン監督は、第二次世界大戦初期イギリス、ベルギー、カナダ、フランスの連合軍将兵が、フランスのダンケルク海岸でドイツ軍に包囲され撤退を余儀なくされる「ダンケルク」のような戦争史実を映像化する作品も作っています。

その意味では、本作は「ダンケルク」寄りの作風と言えますが、「原子爆弾」という未だに賛否の分かれる物を最初に作った中心人物オッペンハイマーを描き出すには3時間という尺をもってしても映像化の難しさを感じました。

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1人の科学者の生涯を描き出すのさえ難しいのに、原爆を生み出したことへの苦悩や、原爆では飽き足らず、より破壊力が得られる「水爆」の開発を進めるアメリカ。それに反対するオッペンハイマー、など内容は盛りだくさんで登場人物も多くなっています。

本作は、ピュリッツァー賞受賞の書「オッペンハイマー」をベースに作られていますが、映画の物語の中核は、原爆投下で終わらせた第二次世界大戦の後からです。

ソ連との冷戦の時代へと突入し、水爆の開発に突き進んでいるアメリカにおいてオッペンハイマーが「共産主義国のスパイ」という疑いを持たれて聴聞会で責められているシーンから始まります。

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この構図を利用したのがロバート・ダウニー・Jr.が演じる政治家ルイス・ストローズ。

彼は戦後にオッペンハイマーを、アインシュタインなどがいる「プリンストン高等研究所」の所長に抜擢しています。

そして、ルイス・ストローズに関する公聴会も、映画では並行して映し出されます。

これは、見ていると時間軸などが分かりにくいため、ルイス・ストローズの目線で描かれるシーンは「白黒」で表現するなど、「クリストファー・ノーランらしさ」も垣間見られます。

この効果もあり、助演のロバート・ダウニー・Jr.の存在感を際立たせる事に成功し、アカデミー賞で助演男優賞受賞にまで輝く結果になっています。

もちろんメインはオッペンハイマーで、聴聞会での自身の説明で、映像は大学生の時にイギリスのケンブリッジ大学に留学したシーンになります。

このような感じで過去が語られ、同時に公聴会も進んでいく構造になっています。

これらの現実の事象はかなり入り組んでいるので、それを3時間の映画で描き出すのは困難ですが、割と「シンプルで分かりやすく構成されている」と思います。

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ただ、その結果、展開が早くならざるを得ず、いろんなディテールがバッサリと切られている面はあります。

象徴的なところは全般的に、通常の映画であれば、もう少し丁寧に説明があるシーンでも、本作ではバッサリと切ってあったりしていて、「こんなの文脈で明らかだよね?」「自分で考えてね」といった感じの、良くも悪くも「クリストファー・ノーランらしさ」があります(これの究極形が前作「TENET テネット」でしょう)。

また、唯一、原爆を投下された日本としては、日本の描写がない事が気になる人もいるでしょう。

これについては、「オッペンハイマーに降りかかる悪夢のような映像」として間接的に描かれていますし、尺を考えると仕方ない面もあるのかもしれません。

個人的には、せっかくの題材の作品なので、むしろアメリカ軍が原爆投下の予行演習として行なった、日本全土を巨大な実験場とした「パンプキン爆弾」の投下を描いてほしかったです。

1945年7月16日に、オッペンハイマーらが人類史上初の核実験「トリニティ」を成功させる描写はありますが、その直後の7月20日から始まった(長崎に投下された「ファットマン」と同じ重量・寸法で作られた)リハーサル用の模擬爆弾「パンプキン爆弾」を東京、福島、新潟、愛知などで合計49発の投下を行なっていたのです。

結果として1700人規模の死傷者を出していて、この史実も無視はできないものですが、これも尺を考えれば無理難題なのかもしれません。

しかも、もしこの「パンプキン爆弾」の投下を描くと、「マンハッタン計画」の責任者であるマット・デイモンが演じるレズリー・グローヴス中将が「原爆を落とすのは2回だけだ」と言い切っている描写に矛盾が生じます。(現実にはグローヴス中将は「8月17日か18日以降の、最初の晴れた日に、日本に原爆を投下できるように準備が整うはず」と、3発目の原爆が用意されているという書簡をアメリカ軍のトップに送っています)

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本作は、基本的に過去をそのまま伝える映画。いわゆる「ネタバレ」が存在しない作品であり、知っておくべき史実を多数みつけることもできます。

例えば、そもそも「原爆は、ヒトラーが先導してドイツで作り上げられそうだったこと」。

そして、「アメリカの原爆はドイツを攻撃するために作られていたこと」などです。

さらには、日本は原爆の影響が強烈なため、原爆で話が止まっている人も少なくない気がしますが、アメリカやソ連は、原爆より破壊力が得られる「水爆」の開発を進めていた現実があるのです。

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本作は、一見するとクリストファー・ノーラン監督以外でも作れそうですが、このネタを3時間で俯瞰して見せることを可能にしたのは、やはり「クリストファー・ノーランらしさ」があったからだと言えそうです。

そう考えると、第96回アカデミー賞で作品賞、監督賞、主演男優賞(キリアン・マーフィ)、助演男優賞(ロバート・ダウニー・Jr.)、編集賞、撮影賞、作曲賞の主要7部門での受賞を制したのも納得ですし、「ゼロベースで原爆を考えてみる良い機会を提供してくれている良質な作品」だと思います。

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