日常を優しく詩的に紡ぐバス・ドゥボス監督「ゴースト・トロピック」「Here」ロングインタビュー

2024年2月3日 09:00


バス・ドゥボス監督
バス・ドゥボス監督

2014年に長編第1作を発表して以来、わずか数年でベルリン、カンヌをはじめとする映画祭から熱い注目を集めているベルギーのバス・ドゥボス監督の長編第3作「ゴースト・トロピック」(19)と新作「Here」(23)が公開となった。このほど、ドゥボス監督が作品を語るインタビューを映画.comが入手した。

第72回カンヌ国際映画祭監督週間出品作「ゴースト・トロピック」では、現代ヨーロッパの縮図ともいえる大都市ブリュッセルで、終電車を逃した掃除婦が帰宅するまでの小さな一夜の旅路を描く。第73回ベルリン国際映画祭エンカウンターズ部門最優秀作品賞&国際映画批評家連盟賞(FIPRESCI賞)をダブル受賞した「Here」では、誰の目にも触れない、植物学者と移民労働者が織りなす、些細で優しい日常の断片。他者と出会うことの喜びを静かに映し出す。

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――デビュー作の「Violet」(14)と「Hellhole」(19)では、人々に内在する悲壮感や虚無感から人間関係を描いていますが、今回公開となる2作は監督自身が社会を見つめ直すかのようにあたたかな眼差しを感じます。監督の中で心境の変化などあったのでしょうか?

答えはイエスでありノーです。変わったと言われれば変わりましたが、どちらかというと進化だと思っています。最初の2作品は深刻な感じで映画にアプローチしました。自分がまだ若かったということもあるのか、とても生真面目に取り組みました。映画のテーマは重くなくてはならないという固定観念のようなものもあり、自問自答しながら作っていたのが最初の2作品でした。「ゴースト・トロピック」と「Here」ではそのような葛藤から少し解放されたと思っています。

変わらないことで言うと、テーマは異なっても、私はどの作品でも人物を残酷に扱うことはしたくないと思っています。私は多くの作品で人物に苦行を強いるような内容や、作り手の愛を感じられないことが多いような気がしています。自分の最初の2作は確かに見ていて心地良いムードの映画ではないかもしれないですし、少し暴力性もある作品かもしれません。けれども僕自身は登場人物に対して常にリスペクトを持ち、愛情を持って描いてきたつもりです。そういう意味では最初の2作も希望というものを持った作品だと思っています。

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――「ゴースト・トロピック」について聞きます。まずこの物語でヒロインをイスラム系移民の女性に設定した理由をお聞かせいただけますか。

ハディージャの設定は、自分が住んでいるブリュッセルととても深く関係しています。ブリュッセルはとても多様な都市で、マイノリティの移民が寄せ集まっているような町です。バックグラウンドも違えば、話す言葉も違います。私は前作「Hellhole」(2019)で、リサーチのためブリュッセルに住む移民の若者たちに取材をしていました。取材を進めている中で、私は彼らの母親たちと出会いました。これまでベルギーの映画で、若いブリュッセル人たちは描かれてきましたが、中年の女性という全くメディアには可視化されてこなかった存在に興味を持ちました。彼女たちと会って話すと、女性たちのたくましさに感銘を受け、そして、彼女たちの人生が決してモノトーンではないということを知り、そういった1人の移民女性に焦点を当てた映画を作りたいと思うようになりました。

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――彼女たちの映画を作るとして、何故夜という時間帯を選んだのでしょうか?

先ほど彼女たちは可視化されていないと言いましたが、メディアの中で見えないというだけで、彼女たちはブリュッセルの営みの中ではっきりと存在しています。彼女たちの多くは、普通の人たちが暖かい家で寝ている深夜に働いていることが多いのです。彼女たちは見えにくい存在ではありますが確実に存在していて、表象されてこなかった部分を自分が可視化したいと思ったため夜の時間帯で映画を撮りました。

――ハディージャは真夜中に様々な人と出会いますが、中でもホームレスとの遭遇は印象的でした。彼女とホームレスの出会いを設けた理由はどういうところにあったのでしょうか?

最初に申し上げておきますと、自分は経済的にヒエラルキーを作っているわけではないので、ハディージャと路上生活者の間に特別な差を作りたいとは考えていません。ブリュッセルには目に見える形で路上生活者が多く存在しています。ただ映画でそれを社会問題だと指摘したいわけではないのです。ブリュッセルではそういう貧富の差は全く隠そうとされておらず、見える形で存在しているのです。パリやロンドンであれば何かとそういうものを隠す様々な対策が講じられているようですけど、ブリュッセルにおいてはそれを講じても効果がない状態なのです。だからこそ、そういった私達が暮らすブリュッセルの現実を映画の中に取り込みたいと思いました。ハディージャが路上生活者のために救急車を呼ぶ必要があったことは、決して想像の世界だけの出来事ではないのです。

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――ハディージャが自分の娘と地元の若者と自然に付き合って遊んでいる姿を、複雑な表情で見つめているシーンが印象的でしたが、あのシーンに込めた想いを教えてください。

ブリュッセルで生まれ育った若者たちと町との関係と、彼らの親とブリュッセルとの関係は全く異なります。ハディージャの世代の移民の多くは北アフリカから来た移民一世または親世代が既に来ている移民2世としてベルギーで自分の居を構えた人たちです。そういう人たちはブリュッセルに対してとても慎重です。しかし、その子供たち世代にはそういうものはありません。彼らにとってこの街は自分たちの生まれ育った町なのです。ハディージャというキャラクターの着想もととなった彼らの親世代は、そういう子供たちのことを心配しています。しかし、一方で、自分たち生きることができなかった人生を、子供たちが生きていることに対して羨ましさも抱いています。自分たちの人生は本当にちっぽけなものだったけど、この子たちは自由を謳歌しているという意味での羨ましさと、この子たちをやっぱり守りたいという気持ちがないまぜになった感情をハディージャは見せています。

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――固定カメラで映し出すオープニングのリビングルームのシーンがとても印象的でした。あのシーンはどのように撮影したのですか?

私たちはアパートに一晩泊まり込み、1分ごとに1コマ撮影して、それを重ねていきました。撮影したのが幸いなことに夜が短い冬だったため、それほど長くは感じませんでした。オープニングで太陽が沈むのを一分ごとに撮影して、そして、翌日日が登り始めるのも1分ごと撮影したという感じです。

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――夜間撮影で心がけたことは何かありますか?

先ほども言いましたが、夜に働く人たちを見せるという経済的なブリュッセルの顔を見せたいと思ったのと同時に、夜の空気感そのものを見せたいと思いました。これは結果的にそうなったのですが、ハディージャを演じるサーディア・ベンダイブさんは身長が148cmととても小柄で、彼女を夜の中で撮影するとまるで闇が彼女を包み込むように見えるのです。まずはそれが映像的に素敵だなと思いました。そして今回16ミリフィルムで撮影したのですが、デジタルでは出せないフィルムのざらつきが夜の物質的な質感をうまく打ち出したと思います。

――「Here」も16ミリで撮影していますが、やはりこの場合でもその質感に惹かれたのでしょうか?

Here」を16ミリで撮影したのは違う理由からです。「Here」でアイディアとしてあったのは、苔や虫という小さな物をミクロコスモスとして映したいというアイディアがあり、最初はデジタルでテストをしました。カメラやレンズを変えたり、センサーの大きさやアクセサリー部分を変えてテスト撮影しましたが、毎回がっかりしたのです。デジタルで撮られた映像は、言ってみれば死んでいるのです。生命感がなく、まるで静止した写真と同じように見えてくるのです。やはり映画は生きていて、生命が感じられないと駄目だと思い、有機的なものの生命を感じさせるのはやはりフィルムだろうと思ったわけです。幸いフィルムにしたおかげで、人物や、自然界に生き生きとした生命力を感じられる映像になったと思います。それはデジタルではできませんでした。

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――「Here」の主人公が工事現場で働くルーマニア出身のシュテファンと、苔を研究する中国系のシュシュという対照的な2人の組み合わせですが、そのキャラクター設定について教えてください。

シュテファンとシュシュの造形に関しては、本物の人間から出発しています。シュテファンを演じてくれたシュテファン・ゴタは「ゴースト・トロピック」でハディージャが最初の方に出会う警備員役も演じていて、彼は自分のルーマニア人の友人です。ゴタは本来演劇の演出家で、役者としてはさほどキャリアは持っていません。でも、彼が人間的に持っている穏やかさや、男性的な肉体にも関わらず女性的なものを持っているところがとても好きで、そんな彼を生かした映画を作りたいと前から思っていました。

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今回、シュテファンの設定を作るため、ブリュッセルで肉体労働をするルーマニア人コミュニティの人々と会いました。彼らはハディージャたちと同じくあまり目立たない存在なのです。ルーマニアはじめ東ヨーロッパからの移民の人たちは自分たちと同じ肌の色をしていて、バスで隣に乗っていてもどこの出身かは簡単にはわかりません。そんな他者の顔をしてない他者という存在に興味を持ち、彼らのようにブリュッセルに住んでいるルーマニア移民の人を一般化することはできないかと思いました。彼らの多くがいずれ歳を取ったら故郷に帰りたいと語っていたのも印象的でした。それはブリュッセルのルーマニア人に限らず、この町で暮らす多くの外国人が抱くリアリスティックな夢なのです。

シュテファンは中華レストランで女性と出会いますが、この女性の存在を膨らませたら面白くなるのではと思いました。そして彼女の設定を自分自身が興味を持っていた苔学者にすることにしました。そこでシュシュというキャラクターが誕生したのです。シュシュは中国系ベルギー人の2世で、移民1世のシュテファンとはバックグラウンドが異なります。さらに言語も北京語とルーマニア語と全く違い、そういう異なる他者が出会うのもブリュッセルらしい設定で面白いなと思ったわけです。

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――シュテファンは少年のようにいつも半ズボンを履いていて、スープをみんなと分け合うという穏やかな性格と独特の感性の持ち主ですが、シュテファン・ゴタ本人の性格を反映しているのでしょうか?

シュテファンという人物は100%シュテファン・ゴタです。スクリーンに映っているのはそのまま本人だと思ってもらって問題ありませんが、ショートパンツは自分がそのような演出にしました。これからバカンスに出かける設定なので、工事現場の長ズボンのままだとイメージが合わないと思いましたし、自分としては映画の中にいつもちょっとした軽やかさを入れたいと思っているのでショートパンツを履いてもらいました。

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――「Here」では自然を撮りたかったとおっしゃいましたが、どういうきっかけで興味を持たれたのでしょうか?

これまでの映画は都会が舞台で、自然の存在はどちらかというと背景でしかなかったのです。なので今回は自然界を前景に、しかもフィクション映画の中で1人の人物として自然界を登場させ、その自然界から我々人間が何かを学ぶというふうにしたかったのです。
映画でシュテファンが苔について知り興味を持ったのと同じように、自分自身もこれまで苔の存在など気にも留めていませんでしたが、ロビン・ウォール・キラマーの「コケの自然史」という本を読み、苔は地球上の最初の陸生植物で、その苔がいたからこそ、他の動植物が光合成をして息ができるようになったという、それぐらい重要だということを知ったのです。そこに惹かれて、私は苔を注意深く見るようになりました。

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――シュテファンとシュシュの関係を一般的な男女のラブストーリーに落とし込まなかったところがとても良かったと思いましたが、その2人の関係性についてはどのような考えで描いたのでしょうか?

自分は苔に魅了されてから、散歩をしながら注意深く苔の世界に近づいていきました。そうすることで、苔はますます他の植物とは違うのだと気がつくのです。つまり、興味を持ったとしても、注意して立ち止まって近づいて見てあげないと、見過ごしてしまうような存在が苔なのじゃないかなと思いました。

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自転車で自然の中を走っただけでは自然界とは親密な関係性は築くことが出来ないと思います。しっかりと歩み寄ることで、ようやく苔の存在というものを知れるのと同じで、そこにはメタファーがあるのです。苔と映画、苔と愛情。何かに留意したり、目をかけたり、注意することこそが愛情の出発点だと思っているのです。だから、すぐに一目惚れする必要はないんですけど、他者を理解するためにはちょっとその人のことを気にかけ、ゆっくり近づくことから始めないといけないと思っています。

――今回日本で公開される2作品は、人と人の繋がりだけでなく、人と自然界、人と動物の繋がりを描いています。この繋がりに対して、どのような想いをお持ちなのでしょうか?

生物学者であり哲学者であるダナ・ハラウェイは、私たちの集合的な現実を可能にする恐ろしいつながりの複雑な網の目を表現するために、「分厚い現在」という考えを提唱しています。彼女は、私たちが人間以外の世界ともつながっているという意識を高める、時間についての考え方を提案しているのです。それは、今を生きることであると同時に、私たちの前に何があったかを意識し続けることであり、私たちの後に来る人々のために、より平和な風景を残すことでもあるのです。おそらく、人間と自然との断絶したつながりを再評価する方法なのだと理解しています。苔は「太く繊維状の今」を語るための強力なメタファーとなると思っています。『Here』も「ゴースト・トロピック」も物語は有機的に展開されていきます。シュテファンもシュシュもハディージャも、皆誰かと出会い、その誰かと同じ時間を共有します。そんなささやかな時間、繋がりを映画で描きたかったのです。

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バス・ドゥボス監督、リヨ・ゴン(「Here」主演)来日&公開記念トーク情報(https://www.sunny-film.com/basdevos-news)
2/3(土)、2/6(火)Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下にて、18:55からの「Here」上映後にトーク
2/4(日)沖縄桜坂劇場にて、16:00からの「Here」上映後にトーク

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