ニューヨークで注目を集めるアーティスト・河村早規 異国での生活、舞台演出への想いや困難を語る【NY発コラム】
2023年8月2日 15:00
ニューヨークで注目されている映画・ドラマとは? 現地在住のライター・細木信宏が、スタッフやキャストのインタビュー、イベント取材を通じて、大作だけでなく、日本未公開作品や良質な独立系映画なども紹介していきます。
ニューヨークでは、ある日本人が注目を集めている。
新進気鋭の舞台演出家・河村早規さんだ。
河村さんはニューヨークで舞台演出家として活動しながら、舞踏グループ「Ren Gyo Soh」の芸術監督補佐を務め、フィルムメイカーとして映画を製作。さらにYouTuberとしても活躍しており、自身の体験を通した英語学習方法を、ネイティブに近い英語の発音で人々に伝達している。いわゆる“マルティメディア・アーティスト”だ。
今回、そんな彼女に単独インタビューを実施。アメリカへの進学、大学院生活、舞台演出への想いや困難を語ってもらった。
「Ren Gyo Soh」やその他の舞台で演出家として活動しながら、大きなコマーシャルの舞台でもアソシエイト・ディレクターとして活動中。そもそも舞台に興味を持ったきっかけは何だったのか。
「日本にいる時、母親が2歳の頃から劇団四季などのミュージカルに連れて行ってくれていました。そこから舞台作品を鑑賞することが、私の中で当たり前になっていきました。2歳からバレエを始めて、12歳にはミュージカルの舞台に立つ側になり、その中で『自分だったら、ここをこうやって演出する』『こういう風にした方がもっと良いんじゃないかなぁ』と考えていることに気づきました。舞台に立つ中で、演出側にも興味を持った。それが演出に惹かれていく大きなきっかけでした」
就職のため、日本のアパレル企業でインターンをしていた際に、ある転機が訪れた。
「そのアパレル企業では、社員の一部のように見て頂いていたので、学生インターンという感覚はありませんでした。周りにいらっしゃった方々は、30代、40代になった際『これがやりたいことなのか』『もっと違うキャリアがあるんじゃないか』という考えを持っていました。それを聞くうちに『私も10年後に後悔していたくない』という気持ちが芽生えたんです。『演出の勉強をしてみたい』という思いがあったので、(アメリカの)大学院進学にトライしてみようと思いました」
アメリカの大学への進学を決断。選択したのは、Pace Universityのアクターズ・スタジオ・ドラマ・スクールだった。
「アメリカですら演出を学べる大学院の数は結構少ないんです。私は演出が勉強できる大学院に絞っていたので、必然的にもともと少ない中で探していました。その中でも演出家として、俳優の授業も全部取れるというところが、Pace Universityのアクターズ・スタジオ・ドラマ・スクールの大きな特徴でした。俳優との対話の仕方、俳優としての知識を持っておくことが、演出にも繋がるという考え方に、共感していました。そういう考えになったのは、自分も舞台に立っていたからだと思いますが、そこがこの大学院のすごく魅力的なところで、最終的にこのPace Universityのアクターズ・スタジオ・ドラマ・スクールに決めました」。
Pace Universityのアクターズ・スタジオ・ドラマ・スクールを卒業した後は、日本では舞台の仕事を探さず、あえて物価が高騰するニューヨークに残って舞台の仕事に就くという決断をした。
「日本はコマーシャル(商業的)なものと、そうではないものの差がすごく激しいのですが、ニューヨークでは新しい作品が生まれやすかったりとか、色々な形態のシアターがあったりとか。それが多岐なジャンルに渡って、色々な形態が評価されている感覚があります。私はそういった部分が良いなぁと思ってました。さらに幸運なことに、私は大学院在学中から演劇業界で働き始めていたので、このまま続けていた方が、もしかして学んできたことが生かせるのではないかと。このまま10年後も、15年後もニューヨークで頑張っていきたいなぁと思い始めていました」
では、舞踏シアターグループ「Ren Gyo Soh」で舞台演出家として活動しようと思った理由はなんだったのだろうか。
「実は『Ren Gyo Soh』には、スカウトで入りました。ですから、舞踏が何かも全くわからない状態で入ったんです。コロナ禍で何も無くなってしまったので、せっかくなら色々勉強してみよう思いました。そこで『Ren Gyo Soh』で舞踏のクラスをとったり、ヨーロッパにあるスクールでは、Zoom上でフィジカルシアターのトレーニングを受けたり、従来のテキストベースのシアターではない表現の仕方も学ぶようになりました」
「Ren Gyo Soh」の設立者を通して、あることに気付かされたという。
「自分の経験、自分の持っている感情を通して、ゼロから作品を作るということを学びました。演出家としては、基本的によくあるパターンが、まず脚本があって、そこに書かれているものを基にするということが、主な仕事です。しかし『Ren Gyo Soh』では既存の作品の舞踏を使ったアダプテーションを作ったり、ゼロから作品を作ることがほとんどです。トレーニングの中で、私も自分自身の中から作品を作ることを学びました。今まで私は、自分はアーティストとして充分ではないのではないか、感情が豊かではないのではないか、と思っていました。しかし実際はそうではなくて、表現に対して“私は蓋をしていただけなんだ”と、舞踏を通して気付かされたんです。例えば、日本では女性として『控えめない方がいい』『自分の意見はなるべく口に出さない方がいい』など、自分の感情への蓋が何枚も重なり合っていました。その蓋を開けられたのが舞踏のトレーニング。そこからは舞踏を使って作品を作ることを、楽しむようになりました」
ゼロから作り上げる「Ren Gyo Soh」の舞台とは異なり、ミュージカルの舞台は、どのように制作していくのだろう。
「ミュージカルを作る場合は、基本的にライター、作曲家が作品をブラッシュアップしながら手がけていて、演出家が入ってくるのは2、3歩あとになります。私たち演出チームは、プロダクションが始まる何カ月も前から、作品のリサーチだったり、(ストーリーの)バックグランドのリサーチを始めています。例えば、私がアソシエイト・ディレクターとして関わっている歌手シェールさんのミュージカル(全米ツアー)は、彼女の楽曲の一曲、一曲がいつリリースされて、どういうバックグランドで、何について歌っているのか、そして舞台に登場する実在するキャラクターのリサーチを演出家と一緒に行っています。プロダクションの中での私の役目は、演出家がつけているブロッキング(=どのように人が動くのか)や振り付けを全部書き留めたり。演出家に頼まれた時は、テクニカルリハーサル中のデザイナーとのコミュニケーションをする時もあります。プレビューが始まるとリハーサル中の演出家のビジョンを基にノートを取って共有したり、基本的には演出家にとっての右腕になれるように努めています」
シェールを描いたミュージカルでは、アソシエイト・ディレクターとして全体的にストーリー、楽曲、ヒストリーも把握している。そのうえで俳優との関わりは、どれくらいあるのだろうか。
「大きなミュージカルになると、プリンシパル(公演の顔となる主演の役者や名前のある主要キャスト)が6人いて、アンサンブル(主役級以外のダンサーや役者)が13人います。例えば、ディレクターがメインキャストにノートを配っている間に、私がアンサンブルのノートを担当したり、ブロッキングのチェックを頼まれたりしますね。あとは衣装とかセットとかのチェンジをする瞬間の把握やドキュメント作りも行っています。演出家は大きなビジョンを見ているので、その中で気がつかないかもしれない細かなところを私が気がつけるようにしています」
シェールについてのミュージカルのブロードウェイ版と、全米のツアー版ではどのような違いがあるのか。
「キャスト陣、クリエイティブチームも今回は全員変わりますし、セットも変えなければいけません。セットは運べるようにして、どの劇場の舞台でもフィットするように変えていきます。ブロードウェイ版が基ですが、少しスケールダウンやコンパクトにしたり……今、デザイナーともミーティングを重ねているところです」
では「Ren Gyo Soh」で活動することで、アーティストとして、どのような刺激を受けたのか。
「『Ren Gyo Soh』では、自分の中から作っていくということを学びました。日々の小さな感情の機微にすごく敏感になって、どんな作品でも自分の日々の体験がインスピレーションとして使えるようになったと思います。脚本家の言葉に忠実でありながら、演出家としての自分の世界の見え方を投影するバランスが上手くなったのかもしれません。シェールのミュージカルや、ブロードウェイのトライアウト公演など、コマーシャル的に大きい舞台の現場では、各役職の動き方、お金の回り方、今活躍しているプロたちの舞台作りを学んでいます。10年後、あるいは15年後に、大きな舞台を演出することになった際には、どちらの経験も融合されて、唯一無二のものができるんじゃないかと思います」
ちなみに、筆者が観劇した舞台「Iceberg」は、河村さん自身が抱えていたアーティストとしての孤独や閉塞感、鬱屈した不安を乗り越えて、ごく自然に、感性豊かな演出を披露していた。
ブロードウェイやオフ・ブロードウェイの舞台作品は、既存の作品を舞台化するケースが多い。河村さんはいかに題材を決めて、ゼロから作り始めるのだろう。
「ゼロから作る場合でも、脚本家の作品を演出する場合でも実は一緒なんです。でも、お客さんとのコネクションを生むことは最初に考えるようにしています。今の社会状況の中、そして今の世界の中で、その作品をやることにどういう意味があるのか。例えば、私がゼロからディバイジングというプロセスを経て作った舞台『Iceberg』の場合では、現代社会に溢れる『こうあるべき』という基準の中で本当の自分の声が聞こえなくなっている状態を、冷たい氷山(Iceberg)の中に埋まってしまっている、というメタファーにして作品を作りました。SNSが溢れ、自分が求める以上の情報が良くも悪くも簡単に入ってくる今、取捨選択をしながら自分の声に素直にいることは簡単ではないと思います。そういった現代社会の、特に若者が経験している側面を描くために作ろうと思いました。今、自分がこの社会の中で考えていることに、素直でいることは大事だと思います」
ブラック・ライブズ・マターと#MeToo以降、エンターテインメント業界でのアジア系の女性の仕事は増えた。アジア系の20代の女性として、どのような部分が変わり、どういった部分が自分にも役立っていると思うのだろう。
「演劇業界としては、舞台のフェローシップ(奨励金)やGrant(助成金)などを通して、さまざまな人種への門戸はすごく広くなったなと思っています。私もブロードウェイの非営利カンパニー『Roundabout Theatre』のディレクターズグループに選ばれて、9月から活動を始めます。ファーストステップの機会は以前に比べて増えたと思いますが、そこからどう頑張るかは、人種や性別は関係なくて、やはり能力が優れた人は、いつだって活躍してきています。門戸が開いているからこそ、頑張れば見てもらいやすいようには変わってきていますし、ブロードウェイで上演される作品の幅も増えてきているので、それはすごく良いことだと思います」
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