同性愛禁止の時代、愛と自由に憧れを抱きながら出会うふたりの男を描く「大いなる自由」セバスティアン・マイゼ監督インタビュー

2023年7月8日 08:00


「大いなる自由」は公開中
「大いなる自由」は公開中

2021年・第74回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で審査員賞受賞作品で、ドイツで1871年から1994年にかけて施行された男性同性愛を禁止する法律のもと、愛する自由を求め続けた男の20年以上にわたる闘いを描く「大いなる自由」が公開された。非人道的な法に踏み躙られながらも愛を諦めない主人公、同性愛者の主人公を嫌悪しながらも次第に心を通わせていく殺人犯の物語だ。このほど、セバスティアン・マイゼ監督のインタビューを映画.comが入手した。

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<あらすじ>
第2次世界大戦後のドイツ。男性同性愛を禁じる刑法175条のもと、ハンスは性的指向を理由に何度も投獄されていた。同房になった殺人犯ヴィクトールはハンスを嫌悪するが、ハンスの腕に彫られた番号を見て、彼がナチスの強制収容所から刑務所へ送られてきたことを知る。信念を貫き繰り返し懲罰房に入れられるハンスと、長期の服役によって刑務所内での振る舞いを熟知するヴィクトールの間には、いつしか固い絆が芽生えはじめる。

――刑務所を舞台にした本作の出発点を教えてください

「愛が法律で禁止され罰せられる世界とはどんなものか?」それはまるでディストピアのような響きで、ジョージ・オーウェルの「1984」を思い起こさせました。脚本のトーマス・ライダーと私はこれを映画にしたいと思い、ハンスの生涯を刑務所での生活を中心に描くことで、普遍性を持った映画になると考えました。壁、鉄格子、囚人服は、どの時代のどの場所の刑務所にも存在します。ディストピアと同じように、刑務所もまた異端の場所であり、そこで個人は常に肉体的・精神的な暴力のパワーバランスにさらされているのです。

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――主人公ハンス・ホフマンのモデルとなった人物がいたそうですね。

ハンスの物語の出発点は、同性愛者の男性が連合国によって強制収容所から解放されたにもかかわらず、直接刑務所に移送され、刑法175条に基づいて残りの刑期を務めたという実話でした。戦後も男性同性愛は違法とされたため、彼らへの迫害は続いたのです。何の罪もない無数の人々を、国家はいかに執拗に周到に工夫を凝らして追いかけたか、そのばかげた労力は信じがたいほどでした。

私たちは数年にわたってリサーチをしました。古い記録を調べたり、ベルリンのゲイミュージアムでインタビュー映像を見て、当時の証人に直接話を聞きました。また、私が20年ほど通っているウィーンのゲイの人々が集まる有名なカフェで、存在は知っていたものの交流のなかった年配のカップルに思い切って話しかけ、当時の話を聞きました。

10代の頃、175条によって収監されていたことを告白してくれましたが、彼の長年のパートナーはその事実を知りませんでした。175条が改正されても罪状は残り続けたため、その話をするのはタブーだったのです。今日まで影響を及ぼし続けているあまりに不条理な出来事の全容をはっきりと認識しました。主人公のハンスは、罪もなく繰り返し刑務所へ送られ、存在を否定され、人間関係を壊され、国家の記録の中に消えていった無数の人たちであり、その人たちの運命そのものです。

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――ハンスが刑務所で何度も出会う男、ヴィクトールの設定について教えてください。

ヴィクトールはこの場所(刑務所)と一体化した存在です。彼は「戦争中は1人も人を殺さなかったのに」と発言しているように、ナチ政権下で兵士として戦争に参加して、その後2人殺して、殺人犯として終身刑に服しています。粗野で残忍に見えるかもしれませんが、実は人並みにもろくて孤独です。彼はとても大きな罪悪感を抱えていますが、刑罰のシステムは彼のなぐさめにも、更生にも、社会復帰の手助けにもなっていません。彼はそのシステムの中にあって自らの罪について話す機会を与えられませんでしたが、ただ一人、ハンスにだけは話すことができたんです。

よりにもよってヴィクトールはハンスの心強い味方となり、社会が認めようとしない彼を受け入れてくれます。長い年月の間に二人は何度も出会いますが、根本的にはかなり違う二人です。しかし人と人の親密さや愛情や優しさへの憧れ、切望という、おそらく私たちも抱いている共通点を持っています。

――監視カメラとプライベートな8ミリ映像を効果的に用いています。

劇中に登場するような隠しカメラでの監視は実際に行われていました。同性愛が犯罪とされていたため、彼らはつかの間の出会いの場を作る必要があったのです。その中には、いわゆる「クラッペ」と呼ばれる男性用公衆便所も含まれていて、風紀警察が知恵を絞り、熱心に探っていました。半透過性のマジックミラーを設置して、秘密裏に撮影された映像は裁判の証拠となりました。私がこういった映像の存在を知ったのは、ウィリアム・E・ジョーンズ の「Tearoom」というインスタレーションからでした。60年代にアメリカ中西部での公共の場でのセックスの取締まりの過程で警察によって撮影された映像で構成されたものです。映像を見ると、異常なのは撮る側と撮られる側のどちらなのか? という疑問が湧きます。 それらの映像を見たとき、これを映画の始まりにするべきだと思いました。この映像は、映画というメディアが、基本的にはある種の覗き見、搾取であることを私たちに教えてくれるのです。

また、ハンスとオスカーのプライベートな8ミリフィルムの映像を取り入れた背景にはプライバシーの侵害に対する意見表明もありました。個人のプライバシーがどこまで認められているかという問題は、現代の私たちにも関わる問題です。私たちは、ますます露骨なものを求める視線に直面しています。さらにその視線は、調査のため、秩序のため、統制のためにと、私たちの個人的な領域に踏み込んできています。

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――実際の刑務所で撮影を行ったそうですね。

私はスタジオでの作業は好きではありません。特徴がなく具体性に乏しいからです。実際の場所での撮影は苦労もありました。冬は寒く、独房は窮屈でカビ臭く、この巨大な建物にはどうしてもなじめませんでしたが、かえってそれが私たちの望んでいた雰囲気を作り出してくれました。極端に狭い空間で何週間も一緒に仕事をすれば、必然的に親密さが生まれます。それは私たちの物語にはとても重要なことでした。この場所、ここで起こった運命は、しばしば心に重くのしかかり、それ故に何か結びつきのようなものを感じました。

撮影した刑務所はドイツ東部、マグデブルグで見つけました。映画の舞台となった時代の典型的な建築物で、中央の通路は全階に吹き抜けていて、看守が一人でほぼ全体を見渡せるようになっていました。この構造は、あらゆる方面からの監視を目指す社会を象徴していました。映画の中で繰り返し登場するマジックミラーに仕掛けられた監視カメラ、独房のドアの覗き穴、真夜中の点検などのある社会です。登場人物たちは常に監視されながらも自由な行動を求めて、あきらめることなく闘い続けるのです。

――本作では、1945年の終戦から1960年代の終わりまでという時間の流れも描きます。

国民社会主義者の官僚が、戦後もほぼそのまま在職していたことは周知の事実ですが、解放者であると思っていた連合国軍が強制収容所の生き残りの囚人を終戦後刑務所に移送していたという事実を知り愕然としました。それぞれの国に同様の法律がある以上、第三帝国が同性愛者たちを拷問したり殺害したことは、連合国にとっても合法だったのです。その結果、ハンスが囚人服につけられたかぎ十字を引き剥がす、というまったくばかげた光景が繰り広げられたのです。

それから10年あまり経ち、2度目に収監される1957年の翌年、東ドイツでは175条が事実上無効になります。意外なことに、西ドイツより早い段階で無効となりました。もちろん、100%合法ではないし、ゲイに対する悪いイメージはそのままですが、少なくとも逮捕はされない、そんな状態でした。また、ドイツの奇跡的な経済成長に伴い刑務所も近代化されました。壁のカビを落とし、衛生設備を整え、ナチスの職員に代わり、奉仕の精神を持ち、厳しい懲罰で囚人たちを更生させられると信じる看守を雇いましたが、ハンスは依然として「法を犯した者」でした。そして1969年、西ドイツでも175条が非犯罪化され、社会復帰という考え方が刑務所にも徐々に浸透していきました。

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――フランスのセリーヌ・シアマ監督が初期代表作でタッグを組んだことでも知られる、撮影監督クリステル・フルニエによる「光の役割」と「視覚的言語」について教えてください。

基本的にどの映像にも人物がいる、これは私たちの間ではっきりしていました。 映画は演じる人々によって命を吹き込まれます。刑務所の中という変化に乏しい設定の中で唯一の面白い点です。観客も投獄されているような感覚を持つように演出することが大きなポイントで、それは空間と身体を関連付けてこそ実現できます。根本的な問題は、狭い監房の中でいかにして撮影に必要な俳優との距離を作り出すか、ということでしたが、大きな監房を仕切る壁を作って、その中に小さな監房を作ることで解決しました。

年代の違いをさりげなく見せるため、クリステル・フルニエが照明のアイデアをくれました。その時代リアルに使われていた照明の色調をもとに構築していったのです。彼女の作り出す光は常に論理的で一貫性があり、現実と強く結びついています。ネオン管でも天井から強く輝く白熱電球でも、たったひとつの光源が大きな美しさを持つことがあるのは、それが私たちの日常を取り巻いているものだからです。結局、全てがソフトでバランスのとれた完璧な光というものには映画の中でしか出会えません。クリステルはさまざまな温度の光を取り入れ、そのおかげで私たちの物語にふさわしい彩りが加わり、ブルーグレーの刑務所の世界に生命が満ちあふれたのです。

――今作では音楽も重要な役割を果たしています。

ニルス・ペッター・モルベルペーター・ブロッツマンは私の好きなミュージシャンで、この映画に二人を起用できたことをとても嬉しく思っています。私はこの映画を、刑務所を舞台にしたドラマとラブストーリーという2つのジャンルの間を綱渡りするような作品だとずっと考えていました。そこには刑務所の残酷さと醜さ、その中で人生に深い意味を与えようとする登場人物たちの姿があり、それを見いだせるのは人と人との優しさの中だけなのです。

音楽の何もない空間は、不毛で過酷な刑務所のドラマを象徴しています。それをニルス・ペッター・モルヴェルの献身的なソロトランペットによって定期的に破ることで、私たちが愛の映画を見ているのだと繰り返し思い出させるようにしました。

もちろん、最後のラブソングも欠かせません。あのクラブの地下はいわゆる「ダークルーム」と呼ばれる場所で、あの場所で見られるフェティッシュはすべて彼らを抑圧してきたものです。檻や公衆トイレ、刑務所のような部屋、そんな場所で美しいラブソングがかかるという対比を見せたかったんです。ダークルームは一般的に「セックスを求めて行く場所」と思われているかもしれませんが、それだけではないんです。誰かのそばにいたい、コミュニティの一員でありたい、自分にとって安全な場所だから、という気持ちでダークルームに集まる人々もいるんです。

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――最後に、あなたにとって「大いなる自由」とはどのようなものだと考えますか?

ラストシーンは様々な解釈ができると思います。ヴィクトールへの愛のために刑務所に戻ったと解釈する方もいれば、本当の自由はここにはない、ここでは生きられないと思って戻った、と考える方もいます。あるいは、初めて選択する自由を得たハンスが「抗議」ともとれる行動を起こした、とも考えられます。「声をあげる」ということに関しては、1969年6月28日、ニューヨークのゲイバー「ストーンウォール・イン」にて行われた警察の強制捜査をきっかけに暴動が発生、ゲイ・プライド運動の発端となったストーンウォールの反乱にインスパイアされてもいます。

自由という概念は、正直なところ、私には大きすぎて捉えきれません。ですが、愛を犯罪として取り締まることは全く理解できない、そう言えるのは確かです。刑法175条は非人道的であるだけでなく違憲でした。国家は何十年にも渡って、守るべき人権を侵害してきたことを認めようともしませんでした。今日でも同性愛者に対するこのような感情は少なくありません。現代の民主主義国家においては、権利の平等を求める戦いは概ね戦い抜いたように見えますし、この条項の復活はさし当たりないでしょう。しかし文化の歴史は繰り返しに満ちているとしたら、この財産のもろさに気付くことでしょう。

この途切れることのない闘いに疲れてしまったら、もちろん自分に合った自由が見つかる好みのパラレルワールドを作ることもできます。そこでは、自由という概念も、愛という概念も、非常に個人的なものになるでしょう。

この映画を制作する過程で、ハンスとヴィクトールの関係に、何らかの定義づけが必要だと考える人たちが何人もいました。ですが、それは本当に重要なことなのでしょうか。全てのものにはたしてカテゴリーが必要なのでしょうか。 この二人は精神の深いところで何か相通じて、愛と自由に憧れを抱きながら出会うのです。どんなに強い弾圧があろうと、必ずや、その憧れの前に道は開けるだろう、そう私は考えています。

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