【二村ヒトシコラム】さびしげな目つきが印象的な映画、大人と少女たちのつながりを描く映画 「ザ・ホエール」「ガール・ピクチャー」「セールスガールの考現学」

2023年4月27日 21:00


モンゴルの静かな目つきの女子大生が、大人の世界に触れる「セールスガールの考現学」
モンゴルの静かな目つきの女子大生が、大人の世界に触れる「セールスガールの考現学」

作家でAV監督の二村ヒトシさんが、恋愛、セックスを描く映画を読み解くコラムです。今回は、二村さんの心をグッとつかんだ4月公開の3作品をご紹介。

272キロの巨体の男チャーリーを演じたブレンダン・フレイザー第95回アカデミー賞主演男優賞を受賞した「ザ・ホエール」、北欧フィンランドを舞台に、恋と性に悩みながらも成長していく3人のティーンエイジャーを描いた青春映画「ガール・ピクチャー」、モンゴルの女子大生が、アダルトグッズショップでアルバイトをすることになり、女性オーナーとの出会い、さまざまなタイプの客との交流を通して、自分らしく生きることを学ぶ姿を描く「セールス・ガールの考現学」です。


「ザ・ホエール」
「ザ・ホエール」

▼「ザ・ホエール」ポスターを見て、「ただごとではない」と心をつかまれた

ザ・ホエール」は極度の肥満体型で、さびしそうで空っぽな目つきをした男チャーリーの物語です。彼の体脂肪率は特殊メイクで表現されますが、さびしさは演じるブレンダン・フレイザーの表情で痛切に表現されます。

いま「極度の肥満体型で、さびしそうで空っぽな目つきを」と書きましたが、こんな説明ではチャーリーのことはとてもじゃないけど伝わりません。もっと文章が上手い人なら、いろんな角度からいろんなことを書いて彼の苦しみの奥行きを表現できるのかもしれない。でもじっくり書くことで、つかみの速度が失われるということもある。

いい映画俳優の演技の伝わりかたって説明ぬきで、すごい速さです。「ザ・ホエール」を観る前にポスターを見て、チャーリーの目つきに「あ、これはただごとではない」と僕は一瞬でつかまれてしまいました。何がどうただごとじゃないかは映画を観るまでわからなかったのですが。

現在進行形のセックスや恋愛は描かれませんが、チャーリーの肉体の凄さや食べっぷり、そしてサブキャラクターたちの彼へのかかわりかたは、人間にとっての性というものと家族というものの、ままならない「ぶ厚さ」を感じさせます。

「ザ・ホエール」
「ザ・ホエール」

▼食べるのをやめられないチャーリー、では、映画を見ている自分は何に依存しているのか?

そしてドラマが進むにつれてチャーリーに空虚をきざみつけた過去のいきさつが明らかになってきます。人は、たんに意志が弱いから太るのだとは限らない。さびしさや罪悪感や自罰感情で太るということがありえる。

いや、映画をご覧になった人のなかには「今チャーリーを太らせているのは自罰感情かもしれないが、その自罰の元の悲しみを引き起こしたのも結局、過去のチャーリーの判断であり意志の弱さだ。誰もがそんなふうに自分の欲望に負けてしまうわけではない。しかもチャーリーは今も周囲の人を傷つけ続けている」とお感じになり、彼を憎み軽蔑する感情をもたれる向きもあるでしょう。

チャーリーは食べるのをやめられない理由を、つまり自分が重篤な依存症だということをよくわかっていて、もうじき自分が死ぬとも知っていて、それでいいんだと思っています。それは無責任なセルフ・ネグレクト(ゆっくりとした自殺)なのかもしれませんが、死ぬまえに自分が、たったひとつ「やりたいこと」をしてから死にたいとも思っています(依存症とは、やりたいわけではない何ごとかをやり続けなければいられなくなる病気であるとも言えますから)。

映画を観ている我々のほとんどは、自分がいつか死ぬことを意識せずに生きているし、そんな自分が何に依存して生きているのかもあまり自覚できていません。

「ガール・ピクチャー」
「ガール・ピクチャー」

▼チャーリーに重なるさびしげな目をした「ガール・ピクチャー」の女子高生

さびしげな目つきが印象的だったといえば「ガール・ピクチャー」もそうでした。3人の女子高生の物語です。

他の子が普通できるような「まとも」で「正しい」ふるまいがどうしてもできないミンミは、いつも怒ったような目つきをしてます。 彼女は「自分は女の子だ」って実感できない子なのかもしれません(でも、じゃあそれを実感できているという人は、いったい何を「実感」しているのでしょう?)。

そんなミンミの学校でのただ一人の友人で、一見とてもまともで愛想のいいロンコ。ところが彼女は彼女で、いい感じに男子とツーショットになると無駄にエロい発言をして安く見られてしまったり、セックスに持ち込めても行為中に自分のやってほしいことばかり要求しすぎて男子を萎えさせてしまったり、性的な関係の加減というものがわからない。自分は他人を愛することができない人間なんじゃないかと不安。

そしてもう一人がエマです。彼女は子どもの頃からフィギュアスケートをやっていて、その才能もあるのですが、最近は楽しくありません。以前は得意技だった空中ターンも失敗続きです。この、スケートのために体を鍛えてきたスレンダーで敏捷な少女が、笑っていても目はさびしそうで、「ザ・ホエール」で太りすぎて歩けなくなり部屋に引きこもって死にかけている中年男性と似た目つきをしてるのです。

「ガール・ピクチャー」
「ガール・ピクチャー」

▼女子高生を描くが、他人事ではないと感じる映画

それにしても「ガール・ピクチャー」は他人事じゃない映画でした。普通の子がうまくこなせる社会性がなくて、そんな自分にいつもイライラしてトラブルをおこす子。うまく「普通」になりすませているけれど、いちばん肝心のやりたいことだけがどうしてもうまくやれない子。そして誰よりもうまくできることがあるのに、それをしている自分を好きになれなくなってしまった真面目すぎる子。どの子も(いい大人がキモいことを言ってすみません)俺だ、と思ってしまいました。

スケート以外のことを人生で何もやってこなかったエマはミンミと知りあい、なかよしになり、友情とも恋愛ともつかない感情から女の子同士でセックスをしてみます。

「セールスガールの考現学」
「セールスガールの考現学」

▼モンゴルの静かな目つきの女子大生が、大人の世界に触れる「セールスガールの考現学

性に向かいあう年頃の少女の横のつながりを描いたのが「ガール・ピクチャー」なら、ななめ上との(家族じゃない年配の女性との)つながりを描いたのが「セールスガールの考現学」です。なんと現代モンゴルで撮られた、モンゴルの首都を舞台にした都会的な青春映画です。

なんと、とか言って驚いていちゃいけませんね。昔の日本の面白い映画も欧米で、どうせエキゾチックなエスニック・ムービーだろという偏見の予断とともに最初は観られて、その普遍性に驚かれていたはずですから。なかなか観る機会のない国で撮られた映画を、これからもなるべく観ていきたいなと思いました。

主人公の女子大生サロールは、何も考えないようにしている静かな目つきで、助けを求めている感じはしません。「ガール・ピクチャー」の三人のように近くにいてくれる同世代で同性の友人がいない彼女は、苦しみや悲しみを見せないのです。

異性の友人は一人いますが、彼の話をただ聞くだけで何も求めない。ぐれたり家や学校でケンカしたりエッチなことに興味をもったりもせず、モンゴルの少年少女たちの間で流行ってるのであろう曲をヘッドフォンで聴いて、一人でお風呂に入って死体のようにお湯に沈みます。

サロールは自分について考えるということを誰からも教わらないで育ったのかもしれない。そんな少女(いちおう成人はしています)がひょんなことから大人のおもちゃ屋でアルバイトすることになって、人間のセックスについて見聞せざるをえなくなります。そのバイト先のオーナーが、まあ人生で色々あった末に「母親」にはならなかった、中年でお金持ちの女性カティアでした。

「セールスガールの考現学」
「セールスガールの考現学」

▼性的に正しくないことも話せる、“へんな大人”が社会には必要

僕は自分が、若い人たちと色々と性的な正しくないこと(でも人生にとっては必要なこと)を話せる「へんなおじさん」でありたいと願っているのですが、カティアはサロールにとって、まさに「へんなおばさん」でした。性のことでいちばん大切な部分は、まっすぐ上にいる親や学校の先生からは知ることはできないと僕は思います。ななめ上にいるへんな大人は社会に必要なのです。

サロールはカティアとなかよくなったりケンカしたりしながら、あいかわらず無口ですが、他人の性の営みについて心の戸を閉めず、でも判断せずに受け入れるのでもなく、自分が考えるべきことを考えている目つきにだんだんとなっていきます。主人公の目がはっきりと変化していく映画って、いいですね。

目つきが変わってメイクもするようになりサロールは美しくもなっていきますけど、ドラマが進むにつれ少女は成長して美しくなっていった、みたいな物言いって男に都合がいい気がしてアホくさいので、ここは「自分について考えなければならないことを考えられるようになったとき人間は美しくなるのだ。それは少女や女性に限った話ではない」と言いたいです。ルッキズムからは離れられてない点はお詫び申し上げます。

ガール・ピクチャー」と「セールスガールの考現学」は、過去にけりをつける物語ではありません。現在、目の前にいる他者たち(肉親もいますが、多くは自分の心の傷とは関係ない人たち)とコミュニケーションすることで、自身が変化していく物語です。この二本の映画の後味がさわやかなのは未来に向けて開かれているからです。

「ザ・ホエール」
「ザ・ホエール」

▼未来に向かう少女たち 「ザ・ホエール」チャーリーと娘の場合は?

一方「ザ・ホエール」は過去に徹底的にこだわる物語だと言えるでしょう。チャーリーの娘であるエリーの怒りは、同じ年ごろの「ガール・ピクチャー」のミンミのパンクなイライラに比べると(比べるものではないかもしれませんし、こういうふうに書くのは現実にたくさんいるエリーのような子どもたちに申し訳ないかもしれませんが)だいぶ要領のいい、能率がいい怒りです。憎しみがはっきりチャーリーという「自分にとっての悪」に向かっているわけですから。

でも、僕はチャーリーという人が好きなので思うのですが、映画の最後で、つまり人生の最後でチャーリーがエリーにさせたこと、そして彼女に向けて語ったことは、最善でした。エリーとチャーリーのような極端な関係でなくとも、子はいつか親が人間であることを知って別れていくものであり、そこでこの二人以上に善く別れることは難しいんじゃないだろうかというのが僕の考えなのですが、あなたはどう思いますか?

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