超低予算で伝説の作品へ――ユニバース化した独立系映画「クラークス」の軌跡を辿る【NY発コラム】
2022年9月27日 21:00
ニューヨークで注目されている映画・ドラマとは? 現地在住のライター・細木信宏が、スタッフやキャストのインタビュー、イベント取材を通じて、日本未公開作品や良質な独立系映画を紹介していきます。
わずか2万7000ドル(383万円=1ドル142円換算)で製作。その後、サンダンス映画祭に出品された際、ミラマックスによって買い付けられ、一般公開で315万ドル(4億4700万円)の興収を叩き出した作品――それが、ケビン・スミス監督が手掛けた「クラークス」だ。
同作は、スミス監督が、映画学校を中退して浮いたお金と、それまで趣味で集めていたアメコミを売り、さらにクレジットカードの限度額まで使い切って製作された作品。しかも、スミス監督が実際に勤務していたコンビニエンスストア「Quick Stop Groceries」を舞台にしている。主演のブライアン・オハローラン、マリリン・ギリオッティは、わずかな舞台経験があるだけ。それ以外のキャストは、ほぼ演技未経験の人々で固められている。
そんな興味深い背景を抱えている「クラークス」は、第2弾「クラークス2 バーガーショップ戦記」、第3弾「クラークス3(原題)」も生み出されている。今回は同シリーズが独立系映画、そしてコミコンに与えた影響を紹介していこう。
1994年に誕生した「クラークス」は、主人公のダンテ(オハローラン)が早朝に叩き起こされるという展開から始まる。休暇返上で働くことになったダンテが「恋人から経験人数を告白される」「高校時代に付き合っていた元カノの結婚を知る」「客からのイチャモン」「罰金騒動」といった災難に見舞われる。その様子を、隣のビデオストアで働くランダル(ジェフ・アンダーソン)、コンビニエンスストアの手前でマリファナを売るジェイ(ジェイソン・ミューズ)、ほぼ何も話さないサイレント・ボブ(スミス監督)の物語を交えながら展開していく。
ちなみに、スミス監督は、脚本執筆時、ランダル役を自身が演じる予定だった。しかし、監督、脚本、さらにコンビニエンスストアの管理をしながら撮影していたため、出演シーンの多いランドル役ではなく、ほとんど話さないサイレント・ボブ役を演じることになったようだ。
非常に“小さな作品”ではあったが、サンダンス映画祭で初披露されると、モノクロ映像、ニュージャージー州の人々が繰り広げる辛辣な会話、徹底して観察されている人々の習慣や癖が要因となり、娯楽性があるだけでなく、アート作品としても高い評価を獲得した(モノクロ撮影に関しては、単に予算がなく「カラーで撮影することができなかった」とスミス監督が後日談として明かしている)。
「クラークス」のエンディングは、当初「ダンテが強盗に殺されてしまう」という内容だった。しかし“ダンテが死なない”という設定に書き換えたことで、シリーズ化へと繋がっていく。制作会社「View Asker Production」を、友人のスコット・モシャーとともに立ち上げたスミス監督。1990代後半には、「クラークス」のコミックが「Oni Press」で出版され、2000年には(短命だったものの)「クラークス」のキャラクターをアニメ化したTVシリーズ「Clerks : The Animated Series」も発表。ひとつの独立系映画から多くの派生作品が生み出されることになった。
「クラークス」は、当初MPAA (アメリカ映画協会)によって「R指定」(17歳未満は成人保護者の同伴必須)よりも制限が厳しい区分「NC-17指定」(17歳以下の劇場鑑賞、DVDの購入・レンタルは全面的に禁止される)にされていた。しかし、ミラマックスがマイク・タイソン、パティ・ハースト、ジュリアン・アサンジなどを弁護した経験のあるアラン・ダーショウィッツを雇ったことで、風向きが変わった。ダーショウィッツが、MPAAと交渉をした結果、R指定にまで下げられたのだ。
このことによって、「クラークス」は17歳以下だったとしても、親と同伴であれば劇場での鑑賞することができ、DVDの購入・レンタルが可能に。これが劇場公開後の成功、そしてシリーズ化へと繋がる要因となったのだ。
第2弾「クラークス2 バーガーショップ戦記」は、前述の俳優陣以外に、ロザリオ・ドーソンが参加したことで注目を集めた。主人公は、いまだにコンビニでアルバイトをしている30歳を超えたダンテ。ある日、コンビニが火事となったことで、彼は悪友ランダルとともにファストフード店で働くことになった。そこで出会った美人店長のベッキーと恋に落ちる……といった物語が描かれていく。
実は、この続編が発表される以前、「クラークス」に登場したキャラクターが“一人歩き”し始めている。「チェイシング・エイミー」「ドグマ」といった作品に登場したり、「クラークス」ではサイドキックとして存在していたジェイ&サイレント・ボブが主人公の「ジェイ&サイレント・ボブ 帝国の逆襲」「ジェイ&サイレント・ボブ リブートを阻止せよ!」が作られたのだ。
この流れによって、スミス監督が手がけた映画、コミック、アニメなどを含めた作品群は、マーベル・ユニバースになぞらえて「The View Askewniverse」と呼称されるほど、世間に浸透していった。ちなみに「クラークス2 バーガーショップ戦記」はスミス監督にとって“初の続編”となり、カンヌ国際映画祭ミッドナイトスクリーニング部門にも出品されている。
スミス監督の成功は、ハーベイ・ワインスタインがトップだった頃のミラマックスによる買い付け、そして、同社でいくつかの作品を手がけたという点が、要因の一部になっているのかもしれない。しかし、スミス監督は「クラークス」の印税をミラマックスから7年間ももらっていなかったことを暴露している。さらに17年には、ワインスタインの性的暴行が発覚。禁錮23年の実刑が言い渡されると、ワインスタインとの関係を「恥だった」と断言。ミラマックスのもとで手掛けた作品群の印税を「Woman in Film」に寄付すると発表している。
ワインスタインの性的暴行事件の記事が「New York Times」に出る1週間前、こんなことがあったそうだ。映画「恋するポルノ・グラフィティ」の興行の失敗でワインスタイン・カンパニーとの関係を絶っていたスミス監督。長年、ワインスタインとは連絡をとっていなかったそうだが、突如電話があったそうだ。
そこでは「ドグマ」の続編、オンラインでの配信サービスについて、ワインスタインと話し合ったとのこと。そこから1週間後「New York Times」の記事が出ると、ワインスタインが、スミス監督に連絡をした意図が判明する。実は「誰が密告をしたのか」という探りを入れていたのだ。
スミス監督は、#MeTooムーブメントで告発されたワインスタイン製作のもと多くの作品を手がけてきた。そのワインスタインとの関わりが、多少のセットバック(後退させる要素)になる可能性があった。しかし、#MeTooムーブメント以降も、スミス監督の作品群における多くのファンベース、有名俳優の出演、ライオンズゲートなどの配給を得たことで、独立系映画監督として揺るぎない地位を確立。現在、独立系映画監督たちの間では“お手本のような存在”になっているのだ。
そして、2022年、スミス監督はシリーズ最終章となる新作「クラークス3(原題)」を発表。同作は、スミス監督の“実体験”が反映されている。それは、18年にカリフォルニア州のグレンデールにあるアレックス・シアターでスタンダップコメディを披露していた際、心臓発作を起こして入院し、医者から「80%の可能性で死ぬ」と宣告されながらも、奇跡的に生還したというもの。
劇中では、ランダルが心臓発作から回復し、手術後のミッドライフ・クライシスを経て、友人のダンテと映画製作をすることになる。再び「Quick Stop Groceries」を舞台にしており、往年のキャスト陣を集めて製作。俳優を引退していたランドル役のジェフ・アンダーソンが、本作のために復帰している。
「クラークス3(原題)」は、サンディエゴ・コミコンに出品された。同イベントの最も巨大な会場は「Hall-H」。コミックを基にしたハリウッドの超大作が、人気スターを登壇させ、会場を続々と満席にしていた。その一方で、コミックが原案となっていない独立系映画「クラークス3(原題)」の登壇イベントにも、ファンが殺到。会場が満席状態となっていたのだ。
スミス監督は、Twitterのフォロワー数が300万人。その言動に注目が集まっている。彼は、自分の撮りたい映画を製作しながらも、メインストリームでの地位も獲得した“稀有な独立系映画監督”なのだ。
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