家族の介護体験を基にした映画 ハビエル・バルデム&エル・ファニング共演「選ばなかったみち」サリー・ポッター監督に聞く

2022年2月26日 11:00


演出中のサリー・ポッター監督
演出中のサリー・ポッター監督

2020年・第70回ベルリン国際映画祭コンペティション部門出品作で、ハビエル・バルデムエル・ファニングが父娘役で初共演した「選ばなかったみち」が公開された。「耳に残るは君の歌声」などのサリー・ポッター監督が自身の弟を介護した経験を基に、脚本も執筆した本作は、認知症を抱える父の幻想と、父を介護する娘の現実を交差させながら、作家であったひとりの人間の人生とその過去を独創的な方法で描きだすヒューマンドラマだ。ポッター監督が、本作について語った。

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ニューヨークのアパートでひとり暮らすメキシコ移民の作家レオは認知症を発症しており、誰かの助けなしでは日常生活もままならず、娘モリーやヘルパーとの意思疎通も困難な状況にあった。ある朝、モリーはレオを病院に連れて行くためアパートを訪れる。レオはモリーが隣にいながらも、初恋の女性と出会った故郷メキシコや、作家生活に行き詰まり一人旅をしたギリシャへと、心の旅を繰り広げる。

――実の弟さんの介護経験を基にした物語であるとのことですが、この映画のアイデアはいつ浮かんだものなのでしょうか?

このストーリーは、若年性認知症を患った弟の傍らにいた時に感じたことをもとにしています。彼の目をのぞき込むと、どこか別のところへ行き、心の奥では何かを体験しているようでした。別の現実へ自由に出入りする能力を持っているのではないかと思えたのです。でも、その時に感じたことを映画にしようと決めたのは、彼が亡くなって数年経ってからのことでした。

彼が闘病しているのを近くで見ているのはとてもつらいことでもありましたが、学んだことや経験したこともあります。その頃に見たことがどんなものだったのかを改めて考え直していた時に、ひとつのストーリーとして形にしたいと思うようになりました。心の病気を悲劇として描くのではなく、違った視点で描ければという思いがあったのです。“パラレルで連動する世界”というものは、それとは別に前々から考えていたことで、アイデアを書き留めているノートに10年ぐらい前から温めていたものでした。それと繋がっていき、パラレルユニバースのような存在と自分達の人生に対する視点が組み合わさっていったのです。

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――この映画を24時間の物語にしようと思った理由を教えてください。

多くの要素や可能性がある中ストーリーを考える上で、ひとつの枠組みが必要になってきます。24時間というのは私達が毎日繰り返しているサイクルであり、具体的でもあります。アイルランドの作家ジェイムズ・ジョイスが「オデュッセイア」(古代ギリシアの長編叙事詩)をもとに「ユリシーズ」を書いていますが、これは24時間の物語でもあります。あるべき場所、ホームに戻るということがそのひとつのテーマでもあり、本作の裏のテーマとして持っているものでした。

遠くへ行ってまた戻って来る人に関するストーリーを語ることや、更に、その人が戻って来た時に、あなたは誰なのかとたずねること、そして、24時間という限られた時間の中で、それが何を意味するのかという可能性の全てについて探索することは、チャレンジングな経験でした。

――ハビエル・バルデムが演じるレオの3つの物語が展開しますが、それぞれのレオは性格も少しずつ異なっていますね。

レオの3つの人生を通じて彼の本質を理解できますが、異なる環境や、職業、人間関係によってそれぞれは微妙に変化しています。ハビエルにとっては、3つのパラレルの世界で少しずつ異なるキャラクターを演じているような感じだったと思います。ひとりの人物としての根幹や本質は同じであっても、人間というのは自分が身を置いている環境や時間や選択によって形作られるものです。少しずつ違う3人をひとつの作品で演じることは、彼にとっても大きな挑戦だったのではないでしょうか。レオの精神的な障がいは、内なる境界線を越えることができる、ずば抜けた才能だと確信しています。

――ハビエル・バルデムという俳優に、どのような期待をしていましたか?

ハビエルがレオを演じることになり、アメリカに住むメキシコ人を演じてもらうことは素晴らしいアイデアだと思いました。メキシコとの国境が大きな問題となる中でアメリカの真の姿を描けるのではないかと思いました。この映画にはたくさんの境界線が交差しています。それは、個人、国と国、父と娘、男女、異なる人種の人間関係にまで及んでいきます。つまり、様々な境界線によって世界は成り立っているということを描きたいと思ったのです。

ハビエルはカリスマ的な存在感を持っていて、スクリーンを埋めてくれます。存在感がとても強いので、逆に男性の弱さを追い求めることができ、相反する緊迫感を作り上げることができます。私は、彼独特の資質に脚本を合わせることや、その並外れた表情にカメラが焦点を置く様子を見ることがとても楽しみでした。彼がこの役柄をとても真剣に受け止めてくれたことが嬉しかったです。

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――エル・ファニング演じるレオの娘モリーの人物像について教えてください。また、彼女の俳優としての魅力はどんなところにありますか?

傷ついている父を支えたい、愛情に突き動かされて父をケアしたいと心から思っているということをきちんと表現できるキャラクターでなければなりませんでした。その上で、それを悲劇としてではなく表現していくことが大事でした。前向きな愛情からくる相手への繋がりを感じさせることができるかどうか。その意味で、エルには遊び心があり、軽快さと楽しさを持ち合わせたような形で見せることができます。それから、モリーがこれから自分のキャリアやひとりの人間としての人生を築いていく若い女性であると感じられることも大事でした。ケアをしたいけど自分の人生もある……それで彼女はいら立ったり怒ったりするのです。その葛藤を詰め込みました。

エルは、彼女が直接経験していない人生を歩む人物を演じ切る並外れた能力を持っています。それに、精神的にオープンで、自身をコントロールできる。例えばシーンの始めで感情をさらけ出した後に、再び心の扉を閉じて、笑い声を上げたり、クスクスと笑ったりすることができるのです。彼女がトラウマをさらけ出すシーンを撮影した後には、「はー、気分がすっきりした!」なんて言って、驚かされることが多かったです。

――この映画をどのように見てほしいですか?

脚本の執筆中、私はこの映画を、人生の奥深さに迫る作品にしようと考えていました。悲しい場面もありますが、一筋の光を差し示せればと思いました。観客の皆さんには、レオの物語を通して、複雑で神秘的な自分の人生を追い求めてもらえたらと願っています。

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