【「ミッドナイト・ファミリー」評論】家族経営の闇救急車に観客を誘う、刺激と企みに満ちた新世代ドキュメンタリー
2021年1月16日 21:00
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予備知識なしに観始めたら、変わった設定のB級スリラーか、フェイクドキュメンタリーの類かと勘違いするかもしれない。何しろ、メキシコの首都で私設救急車を爆走させるオチョア一家のキャラが妙に立っている。俳優でもいけそうなほどイケメンで切れ者の長男ホアンと、表情に憂いと諦念が相半ばする中年親父フェル、幼さの残る9歳だが大人びた悪態もつくぽっちゃり体型の次男ホセ。だが、本作がフィクションでもフェイクでもないことは、アカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞ショートリスト選出のほか、サンダンスをはじめ名だたる映画祭・映画賞のドキュメンタリー部門で多数受賞を果たしたことで証明済みだ。
人口900万人のメキシコシティで、行政が運営する救急車はたったの45台弱。そこで、専門訓練を受けず認可も得ていない営利目的の救急隊という闇ビジネスが広がりつつある。彼らは警察無線を傍受するなどして、負傷者の出た事故や事件の現場に駆けつける。闇救急車とはいえ悪びれる様子もなく、前方をふさぐ車両に拡声器で罵声を浴びせて道を空けさせ、同業者と猛スピードで先陣を争う場面はカーアクション映画のシーンのようにスリル満点だ。
このファミリービジネスも相当に危うい。主な収入源は負傷した人やその家族からもらう搬送料だが、貧困者だと払いようがないし、公営病院よりも治療費の高い私立病院に搬送したと非難して支払いを拒む家族もいる。無認可の商売ゆえ、取り締まる立場の警官が賄賂を要求してきたら渡すしかない。呼吸の止まった乳児に蘇生処置を施す場面では、命を預かる責任の重い仕事であることに改めて気づかされる。
1993年生まれのルーク・ローレンツェン監督は米スタンフォード大学で映画を学び卒業したのち、特に題材を決めないままメキシコシティ出身のルームメイトが帰国するのについて行き、滞在先の近くでオチョア一家に出会ったという。家族から信頼を得た監督は、カメラを携えたまま空気のごとく親子に溶け込み、救急対応時の緊張した面持ちから、負傷者やその保護者とのやり取り、日常のリラックスした姿まで、彼らの素顔をありのままに伝えているように見える――ただし、途中までは。
えっ、と驚かされるのは、交通事故で負傷した母子を搬送した私立病院から、オチョア家が少なからぬ紙幣を受け取るシーンだ。おそらく、患者が払う治療費からのキックバックだろう(場合によっては患者と病院からの二重取り?)。その前には、母子をいったん公営病院に搬送したが、「急患で混み合っている。ここからは見えないが救急車でいっぱいだ」と告げ、別の私立病院へ搬送することを了承させていた。その際、カメラは「救急車でいっぱい」であるはずの場所に向けられない。あの説得はもしかしたら…と思い返してしまうが、判断は観る者に委ねられる。
公的医療の限界や警察の腐敗といった問題を抱えるメキシコシティで、もがき苦しみながらも弱肉強食社会をしたたかに生き抜くオチョア一家に迫った本作には、並の倫理観や善悪論では太刀打ちできない力強さがある。その一方で、映像の先にあるものを“読む”よう観客に促す企みも感じさせ、新世代のドキュメンタリーという印象を受けた。
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