【佐々木俊尚コラム:ドキュメンタリーの時代】「旅する写真家 レイモン・ドゥパルドンの愛したフランス」
2017年9月10日 08:00
[映画.com ニュース]「旅する写真家」というタイトルから、旅情たっぷりの映画を想像する人もいるだろう。しかし本作はそんなありきたりの内容ではない。
そもそも主人公のレイモン・ドゥパルドンは、フランスを代表する報道写真家。だから本作には、彼が追いかけてきた世界のできごとが次々に現れてくる。ドキュメンタリ映画の監督としても活躍した彼が撮影した、生々しい映像の数々。
皇帝を自称した中央アフリカの独裁者ボカサ。チェコスロバキアで起きた民主化運動「プラハの春」と、ソ連軍による蹂躙。ビアフラ戦争に派遣されたフランスの傭兵たち。
チャドでは、フランス人民俗学者のフランソワーズ・クロストルがゲリラに誘拐され、ドゥパルドンは粘り強い交渉の果てに監禁中の彼女を単独インタビュー取材した。
「私を助けようとしない人たちへの怒りを抑えて過ごしている」と涙を浮かべながら切々と訴えるクロストルの映像はテレビで放映され、フランス社会は騒然となった。当時のジスカールデスタン大統領は政府批判に激怒し、帰国したドゥパルドンは逮捕されてしまう。
このような劇的な映像が次々と紹介され、まさに彼自身による「映像の世紀」を追体験しているような凄まじさがある。
しかし本作では同時に、フランスの郊外や田園地帯を旅する現在のドゥパルドンも描く。彼は大型のビューカメラを担いで、さまざまな土地の風景を撮影し、大きなバンで移動する。トランクには暗箱が設置されていて、フィルムを交換できるようになっている。
その映像はとても静謐だ。彼はときおり、独白する。カメラを見るわけでもなく、撮影対象をみるのでもなく、どこか遠くを見ながら話す。
「よく電話がかかってくる。『どこにいる?』と。私にもわからない。ここは宇宙なんだ。この車がカプセル。どこかの軌道上さ」
激しい報道映像と、静謐な旅の映像は交互に積み重ねられていく。さらにその中間に、世界中の人々のさまざまな日常を切り取った映像も挟まれていく。ニューヨークやパリの街を歩く人たち、アマゾンかどこかのジャングルで狩猟をする人たち、マリの砂漠をひたすら歩く人たち。
これらは一見、何のつながりもないように見えるけれども、レイモン・ドゥパルドンというひとりの写真家の中では同じ地平の中で接続されている。物事をフラットな視点で、静かな眼差しで見る。情に流されすぎず、でも淡々としているのでもなく、センセーショナルでもない。その地平には、彼の写真家としての哲学が浮かび上がっている。彼はその哲学を、こう独白するのだ。
「太陽がまだ高いな。だが待ちすぎると実物以上の写真になる。美しい光は危険なんだ」
「旅する写真家 レイモン・ドゥパルドンの愛したフランス」は公開中。
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