歴史に翻弄された翻訳家を追う「ドストエフスキーと愛に生きる」岸本佐知子が語る

2014年3月2日 17:19


翻訳家の岸本佐知子氏
翻訳家の岸本佐知子氏

[映画.com ニュース]ウクライナ出身の84歳の翻訳家スベトラナ・ガイヤーさんの半生と、文学によって高められる人間の尊厳を描き出したドキュメンタリー「ドストエフスキーと愛に生きる」と、本の祭典「文芸フェス」のタイアップイベントが3月2日東京・渋谷のアップリンクで開催され、翻訳家の岸本佐知子氏がトークイベントに出席した。

1992年からわずか10年間で「罪と罰」などドストエフスキーの長編5作をロシア語からドイツ語に翻訳したガイヤーさんは、父親がスターリン政権の粛清に遭い、その後ナチの占領下となったウクライナで育つ。激動の時代を生き残る術として、ドイツ語を身につけたガイヤーさんは、第2次世界大戦初期にドイツへ移住した。映画はガイヤーさんの仕事風景と日常生活、そしてドイツ移住後に初めて訪問した故郷への旅の中で、ウクライナの激動の歴史と向き合う姿を追う。ガイヤーさんは2010年、87歳で死去した。

映画を鑑賞した岸本氏は、「すべてが尊い」とガイヤーさんの生き様に感服した様子で、「私は100歳まで現役でありたいと思っていますが、それが可視化された」と話す。「でも、ぼんやりと島国の日本に育って、翻訳が好きだと言っている私がスベトラナさんと同じにはなれない」といい、「スベトラナさんは普通のおばあさんに見えるけれど、怪物。キュートな方だけれどちらりと怖い顔が見えるのは、背負っているものがうわっと出てくるのでは」とガイヤーさんの身の上に思いをはせていた。

岸本氏にとって翻訳家という仕事の魅力は「空っぽの私の中に言葉が入って共鳴する感じ。それが心地よい」そうで、「道具になる喜び、おいしいものを食べるときのスプーンのようでありたい。柴田元幸さんは“奴隷根性”とおっしゃってましたが、言葉の奴隷になりたい」と独特の表現で語る。翻訳の仕事は第二創作とも言われるが、「創作には近いけれど、作品全体を見渡して、原書がどう読まれたがっているかプロデュースするのが翻訳家の仕事」と説明した。

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