劇場公開日 2024年2月2日

「ちょっと重たい人や面倒な人にも優しい「なもりワールド」。これぞ手描き作画アニメの真髄!」大室家 dear sisters じゃいさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0ちょっと重たい人や面倒な人にも優しい「なもりワールド」。これぞ手描き作画アニメの真髄!

2024年2月12日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

いやあ、久々に「手描き作画」の醍醐味を満喫させてもらいました!
とにかく、美しく描き込まれた写真のような背景美術をバックに、単純な線で引かれた可愛い女の子たちが、動く、はねる、笑う、恥じらう!!
女の子を、どう動かすか。どう表情を引き立てるか。
そういった美少女アニメの原点に立ち返るような「キャラ作画」に全集中した作りで、さすがはよくわかっていらっしゃる。

誰が監督かと思ったら、龍輪直征。
おおお、懐かしい!!! うちは夫婦そろって「さよなら絶望放送」を毎週楽しみに聴いてたからね(笑)。かつてシャフトで新房昭之の右腕(大番頭?)として名を馳せた超優秀アニメーターさん。最近どんな仕事してたのかと思ってWikiを見たら『抱かれたい男1位に脅されています。』の監督とかやってたのか。なんか羽ばたいてるなあ。
なお『異世界迷宮でハーレムを』は、まったく龍輪くんの仕事だと知らずに全話視聴済み(脳内で勝手にうのまことアニメとしてラベリングされてたw)。
今回の『大室家』でも、マイルドにした形での「シャフ度」や凝ったレイアウトが散見され、こうやって美少女アニメの世界にシャフトの遺伝子は息づいていくんだなあ、と。

アニメ『ゆるゆり』は全話視聴済み。なもりの原作コミックは未読。
『ゆるゆり』の呈示した「ソフト百合」という路線は、時代が要請したというのか、本当に萌えコミック/アニメとしては「絶妙」のスタンスをとっていて、あの頃ヒットしたのはよくわかる気がする。
単に「仲が良い」だけの「きらら系」だとなんとなく喰い足りないけど、ガチ百合系だとお腹いっぱいというライト層オタに、明確に百合フレイバーは振りかけながらも、きらら的な「永遠に続く美少女たちの日常」の「安心感」は手放さないという中庸に落とし込んだ作風は、大いに受け入れられた。
ちょうど腐向けだと「バディもの」「ブロマンス」というジャンルがあるように、男性向けの美少女日常アニメで「仲良しから半歩、恋愛に踏み込んだくらい」でとどめる匙加減の萌えアニメというのは、間違いなく「需要」があったのだ。

あと、なもり先生の「笑い」のセンスがしっかりと尖ってて、いいところを突いていたのもヒットの大きな要因だったと思う。
萌え4コマのなかには、笑っていいのか悪いのかよくわからない程度の、「萌え」があるから許されているような作品も多く見受けられるが、『ゆるゆり』のギャグは当初からなかなかの切れ味を見せていた。
人間関係――とくに少女同士の関係性特有の少し「重たい」部分(依存、踏み込み過ぎ、甘え、惰性、拘束etc.)を、ギリギリのところで巧みに「笑い」と「いちゃいちゃ」に昇華していて、その「巧さ」は本作『大室家』でも大いに発揮されている。

「空気の読めないアホの姉」とか、「何かと突っかかって来るライバル気取り」とか、「様付けして特別視してくるクラスメイト」とか、「頼られていないと逆に不安になる依存度の高い友人」とか、そういった「作品が変わったら周囲の重荷になったりストレスを与えたりしそうなキャラ」「一歩間違えばいじめの標的にでもされそうなキャラ」の扱い(あしらい方)が、抜群に巧い。
巧くいなして、巧くいじって、巧みに「笑い」に昇華している。
それを、登場人物全員が「当然の対人関係スキル」としてごく自然にこなしているから、京子や櫻子のような厄介者が「愛されキャラ」としてグループの中心で輝けるし、向日葵やみさきのような面倒な子にも、きちんと「居場所」が与えられる。
なもりワールドは、「ちょっと重たい」子たちにも軽やかな生存権が認められる「優しい世界」である。

逆に言うと、なもり先生は、女の子同士の「探り合い」や「Sっぽい攻め」や「ぎりぎりのいじり」といった、きらら系では避けられがちなピーキーな要素を、がっつり作品に噛ませてくる。本作だと高校生チームのクラス内でのやり取りなどは、まさにそのあたりの「一触即発」の空気を孕んだうえでの「笑い」と「仲の良さ」を示していて、このへんのスパイシーな感じがあるからこそ、作品としてぐっと引き締まっているというのもまた確かだ。
なもりは、ギスギスから目をそらさない。
他のきららのように、それをなかったことにしない。
そのうえで尖った心を認容し、あえて笑いに変える。
なもりの「優しさ」は、逃げの優しさではない。
攻めの優しさなのだ。

― ― ―

以下、細かい点など。

●なんで『ゆるゆり』のスピンオフのネーミングが『大室家』なのかと思ったけど、実際に観てみると、思い切り『みなみけ』を意識した作りなんだな。三姉妹の立ち位置(しっかりものの長女、アホで多動の二女、できるツッコミ役の三女)もよく似ているし、とくに妹の花子の「小学校では崇められてるけど、家ではバカな姉に引っ掻き回されてツッコミ役、でも本当はお姉ちゃん大好き」というキャラクター造形が、『みなみけ』のチアキにホントにそっくりだ。にしても、小2には見えねーな(笑)。

●基本的には、短いエピソードの集積体として作られ、あいだにアイキャッチを挟むいかにも「萌え4コマ」らしい構成に徹しているのだが、高校生編だけは「撫子が付き合っている相手は誰なのか」という「大きな謎」が隠されていて、これが物語全体を引っ張っている。
実は三人の親友のうちの「誰か」と付き合っているのに、人前ではそれを隠して普通にしてるって……なんかアガサ・クリスティーの『ナイルに死す』みたいじゃないですか!!
友人の性格も三人三様で、どいつも怪しいようで怪しくないようでもあり……結構、誰が相手なのか、マジでわからないんですけど。
これ、原作でもずっと隠してるネタなのかな??
きわめて思わせぶりな演出は、6月に控える『大室家 dear friends』へと誘導する強力な「ヒキ」にもなっていて、なかなかお上手。
ちなみに皆さんご存じとは思いますが、「謎の恋人」が映画のラストで送ってくる「月がきれいですね」というのは、夏目漱石に由来する「I love You」の有名な言い換えです。

●声優さんたちは、もうなんの文句もないくらい素晴らしい出来。というか、端役まで含めてヒロインクラスの声優さんしか出てないし。近年は斎藤千和も加藤英美里もなかなか主役では見なくなってるけど、こうやって聴くとすげえ安心感がある。考えてみると、シャフト御用達系とバンドリ系が、うまくシャッフルされたキャスティングなんだな(笑)。

●『ゆるゆり』の細部については大半忘却の彼方にあったが、Aラインワンピの制服姿のキャラたちを見ていて、そういやキャラのコスプレして歌わせられてるPVで、現実の声優にこれを着せるとヤバいくらい●●って見えてたことを唐突に思い出した。とくにMとOは土俵入りみたいになってて、あれは凄いインパクトだった……(笑)。

●作画に関しては、最初に述べたとおり本当になんの文句もないのだが、その割にアフレコと作画の「口の動き」がシンクロしていない部分が結構多くて、そこはちょっとひっかかった。結構な予算注ぎ込んでる劇場版で、しゃべってるのに口が動かないとか、しゃべってるタイミングと口が動くタイミングがずれてるとか、そういうシーンがこれだけ残っているのは、品質管理の面でどうなんだろう。

●この手の萌え4コマ系アニメは、結構終わらせ方が難しいと思うんだが、今回はすごく綺麗に着地していて感心した。三姉妹の作品内における通常営業の「仲良し」「わきゃわきゃ」よりも、もう一歩踏み込んだ「いちゃいちゃ」を満を持してラストで導入することで、ぐわっと「百合濃度」が増していて、観ているこちらもにやにやがとまらない(ああきもい)。
大満足で、劇場を後にすることができました。
6月の後編にも期待。

じゃい