「変貌」大いなる不在 U-3153さんの映画レビュー(感想・評価)
変貌
なんとなくサスペンスって印象があって見に来たのだけれど、老人が痴呆になっていく過程の話だった。
特にサスペンス要素などない。
予告を誤解していたようだ。
だってね…直美を探したところで何かの真相に行き着くわけでもないし、誰かの無実が証明されるわけでもない。彼女はキーパーソンでもなんでもない。
必要性が薄いのだ。
今すぐに見つけなきゃいけない理由がない。そりゃいつか会わなきゃいけない人ではあるけれど、いつかでいい人物なのだ。
金を請求してくる息子への反証の必要性もない。
だからサスペンスでもミステリーでもない。
探す理由があるとするなら、老人ホームに入った父のお世話をしてもらうくらいのもんだ。
父の口から直美への執着が吐露される事もない。
冒頭、森山氏の一人芝居があって…人が溶けていくように見える身体表現がさすがだなぁと唸る。
そのワードが頭にこびりついて、以降ボケていく様が「溶けていく」ように感じてた。
形ある厳格だった父から、記憶なんかが剥がれ落ちていき父親像は溶けて歪な者に変わっていく。
そんな状態と重なってくようだった。
物語の時系列は逆行したりもして、何故だとも思うのだけど、痴呆症が進行していく脳内の表現ならばありなのかなと思う。泡のように消えたり、唐突にごくごく自然に認知できたり。
とまぁ、なかなか込み入った作りだったりもして、含みもあるような設定と展開ながらも、作品としてはイマイチつまんなかった。
藤さんの怪演は見ものではあるけれど。
「海辺のリア」をやった仲代さんは、どっか狂ったような感じであったのだけど、藤さんのソレは怪物のようだった。
外見も本人だし、思考も本人のソレだし、話し方もなんら変わらない。ただ、およそ本人が話すであろう内容とかけ離れてる事を喋る。
虚空に目線が泳がない。
むしろ対象から視線が剥がれない。
淡々とした口調で信じ難い主張を繰り返し、ジッとまるで目の奥を覗き込むような視線が剥がれる事がない。そんな視線を浴び続ける息子は恐怖そのものだったんじゃなかろうかと思う。
空き家のような感じだろうか?
外観は変わらないのに、屋内は荒れ果ててたときのような不気味さが藤さんにはあった。
……。
うーん、やっぱ正直に書くか。
正直、気持ち悪いのだ。
痴呆症が、ではなくて監督の思い入れが。
いや、あるのか無いのかわからないよ?
でも、そう感じてしまったんだもの…痴呆症を患ったお父さんの事好きだったんだろうなぁとか、懺悔なのかなぁとか。タイトルからして「大いなる」なんだもの。
本人に何を語りかけても蓄えられていく事はなく、不在と言えば不在だ。
確かに居たんだ。今は居ないだけなんだ。
でも帰ってくる事はないんだよ。
大いなる不在が誰かの事ではなく、痴呆症の事だとして、老人が行使する特権なのだとしても簡単に受理はできないし享受するのも難しい。
ただただ受け入れるしかない。
どんなお題目を並べたとしても当事者の救済や軽減にはならないのだと思われる。
突如、変貌した父に巻き込まれていく息子は、拒絶も放棄もしなかったけど観察はしてた。どこか他人でラストに至り邂逅したようではあったが。
そこら辺りが懺悔に見えちゃったりする…。
人が溶けていくように歪な者に変貌していくとして、最後に残るのは何なんだろうと考えた。
父は人生の大半を占めていたであろう直美さんとの愛情も忘れた。忘れてしまった事への自覚もあったような描写もあった。直美さんは旦那さんが全てだったのだろうと思う。彼と暮らす為に色んなものを捨てて一緒になったようでもあったし、彼女としては旦那さんとの愛ある生活だけが、彼女が彼女を許していける唯一のモノだったようにも思う。
それが失われた。
他でもない旦那さんによって、泡のように消えた。
人格は残ったのかな?
体裁と言ってもいいのかもしれないけれど、体外的な印象は保とうとしてるような雰囲気だった。
藤さんの芝居を見てて荒唐無稽な発言も多いけど、その裏にはソレを肯定するものが本人の中には必ずあるような印象だった。
その何かを把握できれば対処もしやすくなるかなと考えなくもない。実際はわからんが。
そんな中で、息子に対する情だけが無くなる事はない。
…そんな都合のいい事あるの?
いや、あるんだろう。無いとは言い切れない。
が、どうにも粘着質な空気を嗅ぎ取ってしまう。
どのような解釈なら父を卑下しないで済むのか、父の尊厳を保ってあげられるのか…そんな意図があるような気がしてならない。
藤竜也さんが好きだから観にきた。
やはり名優だと何度も思う。昔からそうなのたけど、台詞に気負いを全く感じない。その時生まれたかのような言葉が発せられていく。
痴呆症って役所を鑑みて、所々アドリブだったりワザと変えたような箇所もあんのかなと邪推してしまうくらいだ。
原さんは、復帰作なのかな?久しぶりに拝見したが、お元気そうで何よりだった。
真木さんは…日本語のアクセントが妙で、英語脳にでもなってるかのようで、舌が日本語用じゃないような印象だった。
あ、原さんの妹はナイスなキャスティングだった。何だろ?艶っぽい空気感があって「乱暴された」って状況に説得力をもたらしてくれてた。
言うなれば、崇高なテーマがあったのであろう本作の大半を俺は汲み取る事ができませんでした。