「どうしても解けないミステリー」大いなる不在 グレシャムの法則さんの映画レビュー(感想・評価)
どうしても解けないミステリー
テーマがあることは分かるが、具体的にハッキリとは明示されない。それでいて、鑑賞者それぞれの深いところに何かが静かに着実に届いてくる。
こういう映画は年に数本あるけれど、毎回のことながら、その〝何か〟がうまく言葉にできない。ということはその何かは、誰もが日常的に経験したり思考しながら普段から言葉にしていることでは簡単に言い表せないということなのだと思う。
自分の語彙の乏しさを嘆きながらも、自分の中のどの部分が揺さぶられたのか、ダラダラと考えてしまうことになる。
認知症による忘却は、発症した本人にとっては記憶が失われていく恐怖と直面することになるが、悪化するまでの時間という意味では有限。
その本人と関わりの深い人間にとっては、発症した彼・彼女の記憶が失われるという絶望感は永遠にも思えるに違いない(自分が生きているあいだは失われたままだ)。
でも不思議なことに、絶望したはずの人間が、動機やキッカケはさまざまでも、記憶を失っていく人の過去を辿り、今まで知らないでいた内面を追求していくことになる(という映画や小説も割と多い気がする)。
失うと同時に甦る過去と生きた証。
好きで好きでたまらない!
そう言える女性がいることはなんと誇らしいことだろう。
終盤は劇中劇の練習風景とオーバーラップさせることで、詩の朗読会のような展開を違和感なく織り込んできたが、これがとても効果的。
陽二と卓の親子にとっては、それなりに決着できた陽二の人生。しかしながら、直美の絶望は癒されることもなく、なんらかの整理がついたというような描写はなかったように思う。
あの日記は、陽二に〝誇らしい〟とまで言わせた彼女の生きてきた証、記憶でもあるのに捨て置かれたまま、或いは陽二親子に保持させたままであり、この映画における最大のミステリーでもある。
コメントありがとうございます。
「鑑賞者それぞれの深いところに…届いてくる。」私も親の姿を思いながら考える切ない時間でした。
老いと命の自然に逆らう技術の進歩と心の問題は絶えないでしょうね。
そして、延命措置に関しても共感、私も希望しません〜😅
コメントありがとうございます。
羅生門的に直美視点のパートがあればというお話になるほど!と思いました。
中盤から直美の心の動きがかなりこちらの想像に委ねられた感があったんですが、直美視点の描写が少しあればまた印象が変わりそうですね。
グレシャムさん、コメントありがとうございます。
直美と日記のその後、確かにミステリーですね。スーパーのいつもの場所で待っていたのに、心臓が苦しくて倒れたのに探そうともせず踵を返した陽二をガラス越しに見て、まだらぼけの彼とはもうやっていけないと直美は思ったのかも知れないし、しっかり者の妹に行ってはダメだ!と強く言われたんだろう。日記読んだら姉はまた行ってしまいそうだし、日記といっても半分は陽二からの手紙で占められていたら所有権の半分は陽二かもなあ・・・