「川辺市子の幸せの為に」市子 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
川辺市子の幸せの為に
同棲中の恋人・長谷川からプロポーズされた市子。涙を流して喜ぶ。
が、その翌日、市子は突然姿を消し…。
プロポーズした翌日にあっさりフラれた残念な青年…と一見思うが、そうでない事はすぐ察しが付く。
TVからのニュース。生駒山で発見された白骨体…。
それと市子に何の関係が…?
この時の長谷川はまだ知る由もなかった…。
長谷川を訪ねてきた市子を探しているという刑事・後藤。
市子を探したいという一心で、知っている事や情報を聞き出す。後藤に協力と同行。
市子の小学や中学時代の友人。高校時代の恋人、同級生。そして母。
証言から浮かび上がってきたのは、壮絶な半生と衝撃の事実であった…。
小学時代の友人の証言では…
同級生からからかわれていた発育のいいその友人を庇うなど、強気で優しかった。ケーキが好き。
奇妙な事に、市子ではなく“月子”と名乗っていた。
別の証言では…
小学時代と中学時代では雰囲気が変わっていた。急に成長したような…。
高校時代の恋人の証言。
交際する中で、キスやセックスなど男女の間…殊に身体の関係に於いて時折嫌悪感を示す事も。
高校時代の同級生の証言。
何処かミステリアス。それが好意を抱いていた自分を含め人を惹き付け魅せると共に、儚さも…。
長谷川も気付いた事を思い出す。
どんなに高熱を出しても、嫌いだからと病院に行く事を拒んだ。
得た証言や情報、調べて分かった事を繋ぎ合わせて徐々に判明した事は…
戸籍が無い市子。
母親のふしだらさ故、戸籍上存在していない。
“月子”と名乗って小学や中学に通っていたのは、妹の名と戸籍で。
その妹は難病で寝たきり。寝たきりになる前の妹・月子を知る同級生が月子と名乗っている市子に違和感を感じたのも無理ない。
戸籍無し。生活は困窮。妹の看病。スナックで働く母は男に依存で子育て放棄。母の恋人はしょっちゅう入り浸り。
高校時代の同級生はある場面を見てしまう。知ってしまう。
母の恋人から身体を強要されていた事を…。
あまりにも悲惨で過酷な過去…。
それを知られたくなくて姿を消したのか…?
いや、それらを知っている関係者もいるので、それは考えられない。
それに、姿を消した要因となったあのニュースとどういう…?
さらに事情を知る同級生と居所を突き止めた母親の証言は、追い打ちをかけるものであった…。
肉体関係を迫られた時、母の恋人を殺してしまう…。
呼吸器必須の妹の呼吸器を外し、死に至らしめ…。
二人の遺体を生駒山に…。
戸籍無し、壮絶な過去、そして殺人…。
人が生きていく中での負の全てを抱えたような市子。
無論、どんな理由あろうとも罪は許されない。ましてや殺人、しかも肉親。
市子一人だけが全て悪いのか…?
嫌悪すべき母の恋人は勿論、元凶である母親。看病と困窮で、娘は私たちの為に…なんて言ってたが、アンタにそれを言う資格あるのか。
市子を取り囲む全ての悪循環、劣悪環境、不幸な生い立ち…それらが市子を追い詰めた。苦しめた。
実際に罪を犯してしまった者、追い詰めた者、気付き手を差し伸べられなかった者…。皆、罪深い。
母親は言う。平凡で幸せな時もあった。家族中睦まじく。そこからの転落。
同級生が見たある時の市子。突然の雷雨。その豪雨の中、「全て流れてしまえ!」と嬉々として叫ぶその姿…。
この世や自分の人生を無くしてしまいたい…。
そんな心の声…。人を惹き付け魅せつつ、今にも壊れてしまいそうな儚さや脆さはそれ故か…。
安藤サクラや有村架純など時々映画の女神様に微笑まれたかのように快進撃続く女優いるが、今みた微笑まれたのは杉咲花だろう。
一躍脚光浴びた『湯を沸かすほどの熱い愛』の時から存在感や演技力は同世代屈指で、作品選びも安定。去年から今年にかけて『法廷遊戯』『52ヘルツのクジラたち』『朽ちないサクラ』と良質作続く。
中でも本作は指折り。『湯を沸かすほどの熱い愛』と並ぶ自身の代表作と言ってもいいほど。
不幸な役柄は多いが、決して二番煎じにはならない。さらに研きがかかった演技力は唯一無二。
ミステリアスでアンニュイな雰囲気、儚さ、悲しみ、苦しみ、そんな中で一時見せる“陽”の感情と表情。
佇まいも魅力も存在感も演技も、今杉咲花が魅せる事が出来る全て。頼もしく、圧巻の一言。
昨年度の国内主演女優賞は各映画賞によってバラつきあったが、独占すべきだった。
杉咲花の熱演も周りの助力あって。
俊英・戸田彬弘の演出力と脚本。『ある男』を彷彿させる題材だが、本作は本作ならではのオリジナリティーあり、ヒューマン・ミステリーとしても非常に面白い。
うだるような夏の暑さが作品雰囲気に一役買っている。
市子に好意を寄せ“手助け”した森永悠希が滲ませる哀れさ、宇野祥平の好助演、中村ゆりの毒親っぷり…。
そんな中、恋人役・若葉竜也の一途さに救われる。物語上の存在に於いても。
壮絶な過去。誰が彼女をこんな目に…?
罪を犯した。過酷な運命に翻弄されて。
それは許されない。
だからこんな私が幸せになっちゃいけない。
願っちゃいけないのか…?
幸せになっちゃいけないのか…?
長谷川との出会い。一緒に過ごした日々。そしてプロポーズ。
こんな私でも権利はある。
幸せになりたい。
幸せになったっていい。
流した涙はその表れ。
罪を償い、全ての苦しみから解放されたその日には、幸せになっていいんだよ。
市子は今何処に…?
再びTVからのニュース。そうでない事を。
川辺市子の幸せの為に。