「重いテーマなのに」市子 おろしさんの映画レビュー(感想・評価)
重いテーマなのに
個人的には観に行ってよかった作品でした。
内容は社会問題を扱っていてとても重いです。生まれた時から巻き込まれていた無戸籍の問題。ヤングケアラーにならざるをえない家庭環境。どちらも市子の意思とは関係ない問題です。でも母親も追い詰められてやったこと。わかっているから家族のために、市子は必死に取り繕って生きるしかなかったのでしょう。
でももがけばもがくほど、綻び辻褄があわなくなっていく。どんどん苦しい状況に追い詰められていく。全編にわたって息苦しさが流れています。
それにも関わらずこの映画には、抱えきれない問題を押し付けられて心がずっしり重くなる感じがあまりありません。(社会派の映画を見ると時々感じます)
理由をいくつか推察すると、ひとつは映画と鑑賞者の距離感にあると思います。映画はサスペンスとドキュメンタリーの中間くらいの視点で進んでいきます。なので鑑賞者は、第三者の目撃者、もしくは近くても市子もしくは市子の恋人の友人。でも演出・音響・演技には妙なリアリティーがあり遠すぎもしない。絶妙な距離に観客を置いています。
ふたつめに善悪の議論がないところ。市子も市子の周りの人もしばしば非常識、非人道的な行動を取ります。でも映画の中で良い悪いを語ることはありません。事実がやや淡々と流れていきます。鑑賞者はいろんな感情に揺さぶられますが、映画側からの明確な主張は無いようにみえます。
最後に、市子自身に視点をむけると妙な爽快感があるのです。もちろん悲惨な現実にもがき、平穏な日々をおくれないことを悲しんでいます。でもとてもしぶとく強かに見えます。映画の最初と最後で、真夏の日差しの中を市子が鼻唄を歌いながら歩くシーンがあります。絶望的なシーンですが、市子はどこか楽しげで、なにかから解放されたように見えます。
ながくなりましたが、重いテーマでありながら押しつけがましくなく、適度な距離感で観客にいろんなことを考えさせる映画です。