「難民をめぐる新たな政治的側面を描き世界秩序の在り方に問題提起する労作」人間の境界 徒然草枕さんの映画レビュー(感想・評価)
難民をめぐる新たな政治的側面を描き世界秩序の在り方に問題提起する労作
1 難民をめぐる世界の状況
NHK映像の世紀によると、難民が世界的に注目されたのは第一次世界大戦とロシア革命の頃からである。特に革命後ソビエトには旱魃、寒波が襲来した結果、死体の山が積み上げられる中、市場で塩漬け人肉が売られ、泥のパンを食べていたという。
こうした状況に対処するため国連難民高等弁務官が設置され、世界中から寄付を集めて彼らの救済に乗り出していく。
その後、ナチス台頭に伴うユダヤ難民、第二次世界大戦の被災者6,000万人があり、東南アジアではベトナム戦争によるベトナム難民、インドシナ難民、ボートピープル、東西冷戦終了後はボスニア・ヘルツェゴビナ内戦の難民、中東のクルド難民、シリア内戦の難民、、アフリカの人種間紛争の難民等々に世界は直面してきたのだが、数年前に世界の難民・避難民は1億人を超えてしまった。
2 難民と映画
映画というジャンルでも難民問題は数多く取り上げられてきて、特にレバノン難民を取り上げたドゥニ・ヴィルヌーヴ『灼熱の魂』、アフリカ難民の内面の悲劇を描くレミ・ウィークス『獣の棲む家』は印象深かった。そして本作ということになるのだが、ポーランド発のこの映画は従来のヒューマニズム一辺倒とは違う難民の政治的側面を取り上げた労作だと思う。
扱われているのはベラルーシと国境を接するポーランド、リトアニア、ラトビアに雪崩れ込んでくるイラク、シリア、トルコ難民である。シリアから2,000キロ以上も離れたベラルーシに何故、大量のシリア難民がいるのか。それが従来の難民とはまったく異なるこの問題の政治的側面だ。
3 難民の新たな政治的側面を描く本作
ソ連崩壊後、永らくルカシェンコ大統領の独裁体制が続くベラルーシをEU諸国は非人道的だと非難し、経済制裁を課してきた。これに対して同国はトルコやイラクとの航空便を利用して大々的に移民ツアーを実施。迫害された人々をわざわざ集め、彼らをEU圏に送り出すことにより、EUを攻撃し始めたのである。まさに「人間兵器」だ。
当然、ポーランド等もこうした移民は受け入れ難いので鉄条網で阻止しようとし、時にはかなり厳しい方法で越境した難民を追い帰す。するとベラルーシは「お前たちに非人道的と非難する資格があるか」と嘲笑する、という具合である。そしてロシアのウクライナ侵攻後は、ウクライナからの難民も急増し、今度はルカシェンコの背後にいるプーチンがEUをせせら笑う。
こうした実態に対処しなければならないポーランド、ひいてはEU諸国の困難な状況は、もはやヒューマニズムやグローバリズムで誤魔化せないところまで来ている。難民を大量に受け入れた反動により、極右勢力が伸展する等の政治情勢の不安定化が生じているからである。本作はそうした実態を難民、兵士、保護団体、無関心な国民等の多角的な視点から、きちんと描いている。
同様の事態は米国、メキシコ国境でも生じており、ハリスがトランプに負けた一因とも言われるし、勝ったトランプは「不法移民を追い帰す」と公約している。
巨大核保有国が拒否権を連発して、片や大量の難民を生み出し、片や大量の難民を排除するという国連組織の限界が明白な今、世界秩序に関する問題設定は、いったいどの程度の混乱で済むかというのがいちばん正しいだろう。