あの歌を憶えているのレビュー・感想・評価
全10件を表示
タイトルなし(ネタバレ)
米国ニューヨークのブルックリン。
13歳の娘アナと暮らすシルヴィア(ジェシカ・チャステイン)は、普段はソーシャルワーカーとして働き、夜はAA(アルコール依存症自助グループ)に通っている。
妹オリヴィア(メリット・ウェヴァー)の薦めもあり、高校の同窓会に参加した。
シルヴィアにとって、高校生活はある忌まわしい記憶があり、同窓生との接触はできれば避けたいところだった。
早々に帰路についたシルヴィアを、会場からひとりの男性(ピーター・サースガード)が尾けてきて、彼女の自宅前で一夜を明かしてしまう。
持ち物から彼の名はソールとわかり、書かれてあった緊急連絡先に連絡すると、ソールは若年性認知症による記憶障害があることがわかる・・・
といったところからはじまる物語。
ポスターデザインとタイトルからやや甘ったるい系の映画を予想していたが、かなりシビアな映画で、ぶっきらぼうな演出。
冒頭のシルヴィアのAAシーンから心を脅かされる。
ソールとの初会合、好演で過去の性被害を告げるシーンあたりから、「どうなるのか」が気が気でなくなる。
彼女がソールに惹かれていくのは、彼が彼女の過去を告げられても憶えてない、頓着しないということだろう。
憶えている/憶えてない、ということの差異は大きいように思うけれど、未来に向けばそれほど差はないのかもしれない。
映画は終盤、さらに重く衝撃的な展開となるが、そのことはここでは書かない。
日本版タイトルの「歌」を「こと」に変えて「あのことを憶えている」とすると、格段にシリアス感が増し、内容がストレートに伝わるかもしれない。
が、観客は減るかもしれない。
やや甘ったるいところは、繰り返し繰り返し断片が流れるプロコル・ハルム「青い影」だけ。
過去に頓着しない男ソールによって、シルヴィアの暗い過去の記憶が、うっすらと白くぼんやりとしていく・・・
という意味での選曲でしょう。
Pale
曲は大変有名であり、『「G線上のアリア』との近似性も本作にさりげなく登場させている
でも・・・ ストーリーとこの曲との関係性は薄い そこが非常に悔やまれる 単に認知症の男が好きな曲ということで、女の方には何もその曲との思い入れはない 単なる好きな男の好きな曲という位置づけである
誰でも一度は聞いたことのある、そして沢山のミュージシャンがインスパイアし、オマージュした曲なだけに、そのストロングな曲をもう少し織込んでくれれば良かったのにと、残念である 話自体もヘビーなのだから、女の側にも過去にこの曲に纏わる出来事があったら良かったのにと...
ラストのあっさり感も含めて、題材とドラマの盛り上がり度の乖離があったかなぁと・・・
でも、総じてシッカリした作品であったのは確か!
青い影
幼い自分の身体いっぱいになった怖さはその後も感覚と記憶で支配し続ける。
その罪の深さがシルヴィアにある影をもたらしていたことにソールは気づいたと思う。
それは、自身も病を持つ人生を生きている彼だからこそ。
そして彼女がようやく自分の本音を吐露できたのは、苦悩があっても自分の心に向き合いありのままに生きているソールの姿に触れ安らぐ自分をみつけることができたおかげだったか。
あの日をきっかけに年頃の娘も母を1人の人間としてみつめるようになり厳しい躾の理由がわかるとわだかまりもすっと消えた。
その成長はとても頼もしく素敵だった。
ソールが好きなプロコル・ハルムの「青い影」が劇中に
悲しく美しく響く。
だんだんとこの大好きな歌さえも思い出せなくなる日が彼には来るかも知れない。
だけど今度はシルヴィアが彼を支え、この歌がそっとそばにいてくれるのだろう。
影の切なさがあるからこそまぶしい喜びをより感じられる。
そのすべてが人生。
自分のために、どんなときも目をそらさずに
そんなふうに聞こえて来る。
病んでるな、アメリカ
アルコール依存に、性虐待、認知症に拘束介護。
アメリカ、病んでるな〜
苦しさを抱えて必死で生きたご褒美が、ちゃんとあったよね。
当たり前のことを、ちゃんと口に出せる娘が素晴らしい。
その子を育てたのは、間違いなく彼女だ。
それにしても、毒母はどこにでもいるんだね。
J線上のアリア
ミシェル・フランコ監督は扇情的なテーマを乾いた視線で描く印象があります。今回は少し違うのかなと思ってましたが、やはり主人公シルヴィアのトラウマの真因は扇情的でした。
ストーリー的には、二人(シルヴィアとソール)が惹かれ合う描写にやや唐突感があり、もう少し丁寧に描いて欲しかったところではあります。
「青い影」は名曲で大好きなのですが、劇中は断片的にしか使われず、もやもや感が残りました。二人の会う瀬のシーンでフルコーラスで使って欲しかったなあ。
でもシルヴィアと娘のアナの関係は素晴らしく😀、アナが傷ついた大人二人を救済します。ここはミシェル・フランコに円熟味が出てきた部分では。
ソールの弟役でジョシュ・チャールズが出ていました。「いまを生きる」の高校生がいいおっちゃんになってました。まあ、ジュード・ロウがぶよぶよになるぐらいですから仕方ないですね。
一方シルヴィアの母役は「サスペリア」のジェシカ・ハーパー❗️当時の面影を残しつつ、シルヴィアのトラウマを決定付ける保守的な毒親を好演しています。
追記 素っ裸にならないと着替えが出来ない人ってやっぱりいるんですね。
久々の邦題詐欺だけど、設定が後半で放置されている方が気になってしまうかも
2025.2.25 字幕 MOVIX京都
2023年のアメリカ&メキシコ合作の映画(103分、G)
忌まわしい記憶を忘れたい女と直近の記憶を失くす男との出会いを描いた恋愛映画
監督&脚本はミシェル・フランコ
原題の『Memory』は「記憶」という意味
なお、邦題に使われている「歌」は、おそらくはProcol Harumの楽曲「A Whiter Shade of Plale」のことを指すと思われる
物語の舞台は、アメリカのニューヨーク
ソーシャルワーカーとして働いているシングルマザーのシルヴィア(ジェシカ・シャスティン)は、13歳の娘アナ(ブルック・ティンパー)と暮らしていたが、時折妹のオリヴィア(メリット・ウェバー)に彼女を預けていた
オリヴィアには夫ロバート(トム・ハモンド)との間にマーク(ジャクソン・ドルフマン)、アシュレイ(ブレイク・バウムガーター)、ルーシー(アレクシス・レイ・フォルレンザ)の3人の子どもがいて、アナは彼らよりも年上だった
シルヴィアは13年ほど通っているAA会(アルコホーリクス・アノニマス=断酒会)があって、職場の同僚タリナ(タリナ・ウェブ)、カレン(カレン・ローチ)とともに誓いを守ってきた
ある日のこと、オリヴィアとともに高校の同窓会に出向いたシルヴィアだったが、場の雰囲気に馴染めず、また奇妙な男(のちにソールと判明、演:ピーター・サースガード)が接近してきたために帰ることにした
だが、男はその後もずっと後をつけていて、さらに家の前で野宿をして待ち続けていた
シルヴィアは彼から携帯を借りて、迎えに来れる人に連絡を入れた
ほどなくして、兄のアイザック(ジョシュ・チャールズ)が駆けつけて事なきを得た
それでも、ソールの事が心配なシルヴィアは彼の家へと出向いてしまう
その縁から、アイザックの娘サラ(エルシー・フィッシャー)のアイデアもあって、週末はソールの面倒を見るために来訪することになったのである
映画は、忘れられない女と忘れてしまう男を描いていて、当初は「過去の性暴力の加害者と被害者」という立ち位置だった
それが誤解とわかってからは距離を縮めるに至るのだが、ソール側の執着(妻に似ている)はわかっても、シルヴィアが彼に傾倒していく理由はよくわからない
幼少期の父からの性的虐待、高校での上級生からの性的虐待があれば男性に対する警戒感はものすごいものになる
事実、彼女の家は4重ロックで防犯システムも入っている徹底ぶりなので、よほどの事がなければ男性と深く関わろうとしないと思う
また、ソール側の短期記憶が定着しないというものが本物ならば、日を跨ぐ度に記憶はリセットされていくものだと思うだが、後半はその設定がなかったかのように、シルヴィアに起きたこと、自分に起きたことを憶えているように描かれているように見える
妻に似ているシルヴィアに執着を持っても、アナに関してはそう言ったものもないと思うので、見かける度に「誰?」みたいな感じになりそうに思う
ラストは、アナによってシルヴィアと再会を果たすことになるのだが、「私を信じて」でソールが動くとか、「監禁されている」とアナに訴えるところはどうなんだろうと思ってしまった
いずれにせよ、強烈な邦題詐欺で、歌が二人の何かを結びつけるというものはない
単に流行歌で二人が知っているとか、パイプオルガンの音が好きなんだというソールの趣向を示しているだけで、それ以上の意味もないように思える
これならば、実は本当に高校時代に会っていて、ソールの一方的な一目惚れがあったぐらいの事があっても良いと思う
そして、どこかでシルヴィアがあの歌を歌っているところを見たとか、彼女が好んで聞いていることを知って好きになった、というぐらいの関わりはあった方が良かっただろう
邦題で「歌」を強調したゆえに鑑賞のポイントが変わってしまっているので、この邦題はミスリードすぎやしないかと思った
個人的な勝手な解釈で
張り詰めた中に不安定な脆さを感じさせる主人公、得体の知れない不気味さでストーキングする男性、主人公の妹家での場面に漂う居心地の悪さや距離感など、不穏な緊迫感のある描写が印象的でした。
そこから段々と主人公と男性が心を通わせてゆく様子も、淡々と日常を追う映像と俳優陣の繊細な説得力のある演技でとても良かったと思います。
しかし終盤、男性が自ら飛び降りたと思われますが、何故あんな行動をしたのかというのがよく分からず。
男性が主人公を尾行したのは、主人公に亡き妻を重ねたからかと解釈していましたが。
もしや、主人公妹の男性についての説明は主人公をなだめるための嘘で、男性は本当は暴行したグループの一人だった、その記憶を思い出して罪の意識からとか。
それとも、何かしら男性の過去に死を願う程の辛い記憶があり、それを思い出したとか。
そんな解釈で、ラストシーンは不穏感が強くモヤモヤしてしまいました。
が、ラストシーンの終わり方や音楽など肯定的なニュアンスを感じるし、肯定的な感想も多いようだし、と考えていたところ。
あの行動は認知症からの異常行動などで、認知症が悪化しているという描写だったのだろうかと。
認知症が悪化しても主人公との愛情の記憶はある、主人公も職業柄認知症の悪化を理解しつつ愛情を確かめ合っている、というラストシーンなのかと。
そう考えると、やはり希望のあるラストシーンだったと思います。
疑り深い性格や知識が薄いことなどから、個人的に勝手な解釈をして無駄に不穏感を覚えていただけなのかも知れません。
人生の悔いとはなんだろう。
人は必ず死ぬ。私も、あなたも。親は衰え、自分も若い時代は過ぎた。仕事をし、アルコール依存症からの回復の会に出る。過去の性被害は学校内と、家族内の両方もあるなんて地獄だ。それも母親は理解してない、嘘つきな子と思われながらずっとやってきたなんてシルヴィア…よく生きてきたね。記憶がなくなる恋人、過去の記憶に振り回される自分。ソールに惹かれたのは、誠実さがわかったから。それはソールに対してシルヴィアが誠実に対処したから。そこからシルヴィアは自分の傷を告白するまでに至った。信頼できる、心が満たされる人がいるから。だから対決できた。母親に言いたかった事を言えた。自分の傷をえぐるぐらいの痛みをともないながらも。シルヴィアの告白する様は本当に苦しさが伝わって来て、映画館中がヒリヒリした。シルヴィア、生きててよかった。これからの人生、ソールとどう生きるのか。お互いに悔いなく生きて欲しい。
【”夫々の記憶・・。”過去の辛い記憶によりアルコール依存症になった女性と若年性認知症になった男との恋物語。】
■幼き時に、父親からの行為により心に傷を負っている女、シルヴィア(ジェシカ・チャスティン)と若年性認知症の男、ソール(ピーター・サースガード)は高校の同窓会で、ソールが一人でぽつねんと過ごし途中で帰ったシルヴィアをストーカーの様に追いかけた事から知り合いになり、シルヴィアはソールの兄から週に数回ソールといて欲しいという願いを渋々引き受ける。
◆感想
・ソールがシルヴィアを追いかけた理由が、ハッキリとしないが、ソールがシルヴィアに自分と同じ孤独の匂いを感じたからだろうと、勝手に解釈し鑑賞続行。
・シルヴィアが娘のアナに、日ごろの過ごし方を厳しく指導する理由も徐々に分かるし、彼女の過去の忌まわしき出来事を忘れられない事も、分かって来る。
・シルヴィアと実母が絶縁状態だった理由も明らかになるが、実母が夫の行為を見て見ぬふりをしていたのか、強制的に自身の記憶を捻じ曲げていたのかがやや曖昧だが、シルヴィアの妹オリヴィアの涙を見れば、どちらが本当か分かるよね。
・ソールとシルヴィアが惹かれ合った理由は、夫々が傷ついた弱者という事だったのだろうな。
只、もう少しミシェル・フランコ監督は物語の細部や、演出を練った方が良い気がするな、「母と言う名の女」や、「ニューオーダー」を観てもね。
<邦題の解釈次第で、今作の観方が変わるかなと思った作品。でもって、ちょっと投げやりレビューである。>
忘れたい記憶と薄れゆく記憶。
過去の記憶を忘れたい障害施設で働き断酒中な女性シルヴィアと、若年性認知症と記憶障害で記憶があやふやな男性ソールの話。
同窓会の席で隣に座ってくる独りの男性ソールを避け、その場から立ち去るシルヴィアだったが…、過去の事で男を避け、娘のアナにも男との付き合いを許さないシルヴィアだったがソールとの再会で心情に変化が…。
なぜ断酒?!と、いきなり始まるセミナー的な集まりから見せていき、10代前半の頃、5歳年上のベンという男と、ベンの仲間でもあった同窓会で再会したソールからレイプされていたという過去、…父親からも性的虐待を受けてたと分かっていくなかで。
男を避け、怯え生活してたものの、男との壁が無くなれば男ソールに走るシルヴィアの姿に、娘のアナには男友達との関係は散々ダメと言ってたのにと思うけれど、娘アナの察しの良さ、母シルヴィアの心情の変化に気づき母への気遣い、ソールへの優しさとか、13才の娘アナが1番大人だったかもね。
全10件を表示