けものがいる : 映画評論・批評
2025年4月22日更新
2025年4月25日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、 ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにてロードショー
レア・セドゥの名演が光る、「愛と恐怖」をめぐる時空を超えたSF転生譚
「メゾン ある娼館の記憶」のベルトラン・ボネロ監督が、ヘンリー・ジェイムズの短編「密林の獣」(1903年)を大胆に翻案した抽象性の高いSFロマンである。軸となる2044年の未来社会と、1910年、2014年の3つの時代を舞台に、転生を繰り返す男女の運命を描く。主演は、監督とのタッグが3度目のレア・セドゥと、「1917 命をかけた伝令」のジョージ・マッケイ。ヴェネチア映画祭の批評スコアで首位を獲得した。
2044年のパリ、AIの高度な進歩によって社会は完全にシステム化され、労働者は感情を排除する「DNA浄化」が義務付けられていた。就活中のガブリエル(セドゥ)はこれを受け入れ、その過程でトラウマの源泉となった1910年と2014年の前世を疑似体験、そこで運命の男性ルイ(マッケイ)に出会う。

(C)Carole Bethuel
原作「密林の獣」は、いつか起こる災難=獣を恐れ、空虚な人生を送るマーチャーと、彼の唯一の友人である女性メイとの長年に渡る交流を綴ったもの。生涯独身だったジェイムズが、彼への愛が報われずに自死した女流作家コンスタンス・F・ウールソンへの悔恨を込めて書かれた、とも言われる作品だ。
もちろん原作には、劇中の近未来やマルチバース的な要素は皆無で、監督は主人公の性別を入れ替え、セーヌ川の氾濫など過去の災害を「けもの」に置換。さらにはAIで変化する労働市場や、エリオット・ロジャー事件(2014年に白人男性が引き起こした無差別殺人)を題材にしたインセルやネットストーキング、はたまたスキャンによる役者のデジタル化など、多岐に渡る今日的なテーマをうまく脚本に落とし込み観客を刺激する。
そもそも本作は「SAINT LAURENT サンローラン」に出演していたギャスパー・ウリエルとセドゥで企画されたが、パンデミックにより撮影が延期となり、再開直前の22年1月にはウリエルがスキー中に事故死するという悲劇に見舞われる。彼と比較されないよう仏人以外の俳優を探していた監督は、英でマッケイに会って5分で起用を決めたという。
本作は1910年を35mmフィルム、2014年はスマホ画質、44年をスタンダードサイズと、視覚的な差別化を図ってはいるが、セリフや佇まいによって、時代を超えた人物たちを巧みに体現した俳優2人(特にセドゥはキャリア・ハイの名演)の演技が、物語の多層性をさらに強調している。
グザビエ・ドランの声の出演と共同プロデューサーとしての参加も、作品に独特の感性を加えており、人形、鳩、ダンス、ナイフといった平凡なアイテムが「パン屑」となり、テーマである愛と恐怖のラストへとなだれこむ。野心的な挑発は観る者を選びそうだが、それが贅沢な映像体験であることには変わりない。
(本田敬)