「プロメテウス」オッペンハイマー たまさんの映画レビュー(感想・評価)
プロメテウス
オッペンハイマーの生涯を詳細に描いた、ピューリッツァー賞受賞作。原題アメリカンプロメテウス。文庫版で上中下巻の大作をベースとしてクリストファーノーランが映画化。
3時間の大作。
世界で唯一の被爆国日本。公開が危ぶまれていたが
私個人としては、日本で観ることができなければ意味がないと考えていた。日本公開を決めたビターズエンドにまずは敬意を表したい。様々な議論があったためだ。
巨大な作品である、人物、映像、時代…。
広島や長崎の被爆者の方が観たら、どう思うだろうか。
そこは私にも正直わからない。今も、被爆のため心身共に苦しんでおられる方がいるからである。私たち日本人が当事者である。
直接的な惨状、被害の描写がないというのも話題になっていた。
Cノーランは、オッペンハイマー主観で話を進めている。
彼が見たもの、聞いたこと、考えた事象、脳内主観…彼の伝記評伝映画であることは間違いないだろう。
また初期作メメントでもそうだったように、ノーランの一方向のみに進む時間の否定、ともいえる概念は今作でも顕著である。前作テネットでは時間が過去現在未来と行きつ戻りつ、凄まじい映像自体が逆行していく場面もあり、正直全て理解したとは今もって自分でもわからない。
今作もまたオッペンハイマーの人生を、時間軸を交錯させながら描く。膨大な登場人物、膨大なセリフ量…
彼のケンブリッジ時代から、戦後マッカーシズム吹き荒れる時間、ロスアラモスでの人類史上はじめてとなる、プルトニウム型原子爆弾実験トリニティサイトが行われるまでの時間…
一度観ただけでは覚えられない実在の人物達…
ただオッペンハイマーを中心に、どのようにして原子爆弾が作られていったのか、なぜ日本がその標的になったのか、など正確に知らなかったことがこの映画には描かれている。
まずもってこの大量の人物とセリフの重量…。
実験物理学、理論物理学、量子物理学などの専門用語に時代の言葉。
シナリオは巨大で重厚。
トリニティサイトでの映像、マッカーシズムの中
そしてオッペンハイマー自身の複雑な脳内世界、生き方…を
可視化している。IMAX65ミリ、パナビジョン65ミリフィルムをカラーモノクロで使用。俳優のバストショット、アップショットを多用し、鑑賞者の没入感も大切にしている。
キャストはオールスターともいえる。
ノーラン作品常連のキリアンマーフィー、妻キャサリン役エミリーブラント、マットデイモン、ロバート・ダウニー・Jr、ジーンタトロック役のフローレンスピューの体当たり演技…あげればキリがない。
印象的なのは科学者と政治家の関係。
のちにオッペンハイマーを追放する側に回る、ルイスストローズや、トルーマン大統領など政治家達の凡庸さ…
あからさまな嫌がらせ、嫉妬心、権力者達の人間性のありよう…
冒頭とラストにオッペンハイマーとアインシュタインの邂逅場面が出てくる。
ラストに至りここが重要なシーンであることがわかってくる。
彼らにはおそらく今の私たち、また地球をとりまく情勢が見えたのだろう。物理学の天才たちには。
事実、核を威嚇に持ち出し戦争をはじめた政治家が現れ、日本のまわりにはミサイル実験威嚇をやめない国があり…
オッペンハイマーが公職追放されたのち、
ルイスストローズもまた失脚する。皮肉なことだ。
オッペンハイマーの名誉回復には、ケネディの名前も出てくる。
そのケネディもまた、キューバ危機で核の脅威にさらされ、
その後には、真相不明のまま暗殺される。
オッペンハイマーは現代世界をみてどう思うだろうか。
心身共に、少しの余裕がある時に鑑賞されることをおすすめします。
改めてクリストファーノーラン、映画史に残る監督ではないか、と個人的に感じ入った力作、大作でありました。
Sakiさん
共感、コメントありがとうございます。
おっしゃるように、オッペンハイマーを1人の人間として何を成したのか、どのように生きたのか、その半生を描いたものでもありましたね。彼のことをほとんど知らなかった私には勉強になりました。
科学者と政治家の関係も現代につながりますね。知識を利用される危うさ、同感です。Sakiさんのレビュー楽しみにしてます。
たまさんはじめまして。
共感いただきありがとうございます。
たまさんのレビューをみて改めて考えさせられます。この映画に出会えたこと、レビューを拝読し、さらに感性や教養を深めることができて、本当にありがたいです。
みなさま、共感コメントありがとうございます。
この作品は、特に観た個々人の感想、評価、評論がついてまわるセンシティブなものだと思います。
映画とはそのようなものでもあるとは思いますが…
原爆被害を受けたのは、日本人だけではありませんね
わたしもこの作品は反核映画であり、人間に対する警告、懊悩を描いているのではとの思いを強くしています。
共感ありがとうございます。
政治家の描写にはシニカルさが隠しきれなかった印象がありました。「核ミサイルのスイッチを押せるガッツが有るか?!」(デッドゾーンだったか?)みたいな考えは、自由意志でも控えていただきたいですね~
今晩は。
私は、今作品を鑑賞するに辺り、オッペンハイマーについて調べました。彼は純粋な理論物理学者として、原爆を開発しましたが、それが広島、長崎に投下され、自身の予想を上回る激甚たる状況に懊悩し、水爆開発に反対したのだと思いました。で、当時狂信的なマッカーシーによるレッドパージに引っ掛かり・・。
今作品は、個人的には体感二時間でした。且つ私は今作品を強烈な反核映画だと思いました。では。返信は不要ですよ。
それでもこの映画が今、作成されたことは意味があると思います。なんでも完璧でなく、映画を作るトップの監督が今まで何に関心をもち勉強し本を読んだか、それを映像でどう表現するか。私にとっては考えられない程の作業と思考の連続だったと思います。また時間をおいてこの映画を見たらどうなんだろう。リアルタイムで見ることができたことを私はよかったと思います。だらだらと長文、失礼しました
たまさんのレビューに共感しました。被害者という意味での当事者は広島・長崎の民間の人達であり日本人です。そしてあの広大な実験場はそこにもともと住んでいた先住民の人を一時的に追いやったもので、オッペンハイマーは彼らに戻って来てもらって、といったら、さらに実験場所として使うと言われ彼は(私も)びっくりしました。あと研究者にはいわゆる欧米人だけでない人もいたが、映画では映りませんでした
素晴らしいレビューですね。
このレビューにあったように、最初の時に気がつかなかったアインシュタインとオッペンハイマーの場面の重要性に、映画として、うまいまとめ方だなあ、と感心しました。
また、ケネディの件も印象に残るレビューでした。