劇場公開日 2024年3月29日

「IMAXで体感することを推奨したいノーラン渾身の勝負作」オッペンハイマー 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5IMAXで体感することを推奨したいノーラン渾身の勝負作

2024年3月29日
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鑑賞方法:試写会、映画館

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まずは日本配給を買って出た中堅の配給会社ビターズ・エンドに感謝を表したい。原爆開発者の伝記映画でありながら広島・長崎の描写がないことや、映画「バービー」との抱き合わせキャンペーン“バーベンハイマー”をめぐるSNS上での騒動などがあり、日本の大手配給が米公開から4カ月以上沈黙するなか、米アカデミー賞ノミネート発表1カ月前の昨年12月にビターズ・エンドが配給を決めたのはまさに英断だった。広島・長崎の描写の不在については、オッペンハイマーの視点で描く物語だから当人が見ていない原爆投下を描かないというのも一理あるが、1億ドルもの巨費を投じて米国の製作会社が作る大作ゆえ米国市場での評価と興行的成功が重要視された(そのためネガティブな反応を引き起こしかねない原爆による凄惨な殺戮の描写はぼかされた)点も見過ごされるべきではないだろう。米国側の視点・史観に立った映画を日本人が観てさまざまな意見を持つのもまた当然で、健全な議論のきっかけになればいい。作品を見ずして賛否を論じるのは不毛でしかないが、日本公開されるおかげでそれは避けられた。

クリストファー・ノーランは映画館でなければ得られない鑑賞体験を提供することに人一倍こだわってきた監督で、そのための有力ツールであるIMAXの画角を効果的に使った映像も見所のひとつ。過去作の「ダンケルク」では縦方向の動きを見せるショット(戦闘機同士の空中戦や、船から海に飛び降りる兵士たちなど)で活用されていたが、本作でのIMAX映像はまた一味違う。オッペンハイマーに扮するキリアン・マーフィ(頬がこけるほど激ヤセして熱演)の顔を画面いっぱいに映し瞳や表情筋の微細な動きを透過して心理状態にまで肉薄するかのようなショットや、オッペンハイマーが物理学的真理を追求する思索のイメージ、原子爆弾が世界に連鎖的な破壊をもたらす悪夢のような空想を、観客はIMAXのスクリーンからまさに全身に浴びるように受け止めることになる。

オッペンハイマーによる視点がカラー映像、ロバート・ダウニー・Jr.が演じるルイス・ストローズなどオッペンハイマー以外の視点がモノクロ映像と使い分けられている点は、本作を直感的に理解しにくくしている要因の一つだ。これもまた、一度観て理解できるような単純な映画でなく、繰り返し鑑賞することで理解度が高まる奥深い作品を追求するノーラン監督の挑戦の途上なのだと感じる。

アカデミー賞7部門受賞に関して、視覚効果を巧みに使ったSF大作でヒットを連発した監督がのち史実や歴史的事件を題材にしたドラマ作品で作品賞などの受賞を果たすという流れでは、リドリー・スコット監督の「グラディエーター」、ジェームズ・キャメロン監督の「タイタニック」の先例にならうものであり、ノーラン監督もオッペンハイマーを題材に選んだ時点で当然意識し、オスカーを獲る勝負作として臨んだはず。そしてこのコースに沿う次なる最有力候補は現在「デューン 砂の惑星 PART2」が日本公開中のドゥニ・ヴィルヌーヴ監督だろう。ヴィルヌーヴ監督の待機作については、「デューンPART2」にも出演しているゼンデイヤが主演で「クレオパトラ」が今年製作開始との報道も。必勝コースに乗って「クレオパトラ」で初受賞となるか、あるいはそれ以前にSF大作で獲得するのかも楽しみだ。

ノーラン監督と対談した山崎貴監督が、「日本が(「オッペンハイマー」への)返答の映画を作らねばならない」と宣言したという記事も興味深く読んだ。「ゴジラ-1.0」がアカデミー賞視覚効果賞を受賞したことで、山崎監督には国外の著名監督から視覚効果監督のオファーや、ハリウッド作品の監督としての依頼がきっと来るだろう。国際的な実績を積み、いつか日本側の視点で原爆を題材にした大作を世界に発信してくれたらと期待する。

高森 郁哉