劇場公開日 2024年3月29日

「原爆の父と呼ばれて」オッペンハイマー レントさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5原爆の父と呼ばれて

2024年4月2日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

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戦時下、レッドパージ、激動の時代のアメリカを生きた一人の天才物理学者の半生。

裕福なユダヤ人家庭で生まれ育ったロバート・オッペンハイマー。母親譲りで芸術に造詣が深く、また成績優秀でハーバードを飛び級の首席で卒業するほど。語学は6か国語を習得するまでに。
しかし、若き日の彼は挫折の連続だった。文学の道を志すもあえなく挫折、社交の場でもうまく立ち回れず、実験物理も向いていなかった。劣等感にさいなまれ精神を病んだ時期もあった。
ただその後、量子力学という新しい学問が発見されてからは彼のこの分野での飛躍は目覚ましいものがあった。注目される二つの論文を書き上げて学界でその名を知られるようになる。彼自身この量子力学の分野に自分の人生の光明を見出したようで、まるでそれからの彼の人生は水を得た魚のように活気づいた。

バークレーでの彼の教授としての地位はその人望も含めて確固たるものとなった。そんな中、第二次大戦が勃発。ナチスによる核開発の懸念からアメリカで本格的な核兵器開発プロジェクトが始まる。
総責任者グローブスのお眼鏡にかなったオッペンハイマーは研究所所長に抜擢され、ロスアラモスで彼は大学教授の時代同様、人望を集め見事なリーダーシップを発揮する。まさにそれは彼の人生における絶頂期のような輝かしきものだった。

研究所では科学者スタッフが精製されたウラニウムの塊のように一丸となって核開発に没頭した。そしてナチスドイツの敗戦が知らされる。
核開発を正当化する理由は失われた。しかしドイツの敗戦を知って開発から手を引きロスアラモスを去ったのは科学者たった一人だった。

ファシズムとの戦いは日本がまだ残っている、戦争を終わらせるためには原爆が必要だ。それらの大義とはまた別に科学者としてこの大規模国家プロジェクトに携われたことへの名誉、そして自分たちの研究の成果をこの目で見てみたいという科学者としての願望もあったのかもしれない。
冷静に考えれば自分たちが開発しているのは超強力な爆弾である。本来それを開発する技術は永遠に封印されるべきものだった。しかし、これが科学者の、いや人間の性なんだろうか。未知なる技術への知的探求心を抑えられる者はここにはいなかった。もはやこの開発に歯止めをかけるものは何一つ見当たらなかった。的に向けられて発射された弾丸が自ら止まることができないように。そしてそれは原爆使用に関しても同じだった。

オッペンハイマー自身この兵器が完成し、人に対して使用されたならどのような惨劇に見舞われるかは十分わかっていたはず。だが彼は自分を納得させる。我々科学者は開発が任務であり、開発された兵器をどうするかまでは権限がないと。
この考えが彼がその罪悪感から逃れるための唯一のよりどころだったのかもしれない。だがそんなよりどころはもろくも打ち砕かれる。実際の広島、長崎への原爆投下によって。
この時、もはや彼の中で罪悪感は言い逃れができないほど大きなものになっていたはずである。

彼は自伝などは残しておらず、彼のその時々の心情は彼の書簡や彼の周りにいた人物の回顧録などからひも解くしかないが、間違いなく言えることは彼は開発を悔いていたということだろう。

劇中で述べられた、人はたやすく兵器を使ってしまうものだという言葉。彼は原爆を開発しながらもこんな恐ろしい兵器が使われることはないだろう。どうか使わないでくれと心のどこかで願っていたのかもしれない。しかし、アメリカはあっさりと使用してしまう。それも立て続けに二度も。
開発は使用を必ず促すということを思い知った。もはや開発しただけだという彼の言い訳は彼の中では通用しないものとなっていたはず。
だからこそ彼はその後、さらに強力な水爆開発に反対し、核の国際管理の徹底、核による戦略爆撃に反対した。二度と広島長崎のような悲劇を繰り返してはならない、人に使用される核兵器は広島長崎が最初で最後になるようにと。

しかし、彼に対して私怨を抱く少数の者たちによって彼は陥れられる。時代はまさに赤狩りの時代。彼の過去の共産党との関わりがあだとなって不当な裁判で公職追放の身となる。

原爆の父からソ連のスパイとまで呼ばれたオッペンハイマー。当時の赤狩りの犠牲者であるが、彼を陥れたテラーは新たに水爆の父となり、その後のアメリカの核開発武装路線で大きな役割をはたすこととなる。そして米ソの核開発競争に歯止めがかからなくなり冷戦の時代へと突入する。

オッペンハイマーの理論物理学者としての先見性は確かなものだった。世界に30年以上先んじてブラックホールの存在を言い当てていたように一つの核兵器の完成によってこの米ソ冷戦に至る世界を思い描いていた。まるで一つの核分裂がまた更なる核分裂を引き起こし、その連鎖反応が限りなく広がるように核への恐怖が広がり核武装せずにはいられなくなるこの世界を予見していたのだろう。
彼がアインシュタインに述べた、自分は世界を破壊してしまったという言葉はまさにその言葉通り世界を何百回も破壊できる数の核保有という冷戦時代を作り上げてしまったことに対しての悔恨の言葉だったのだろう。この冷戦は彼の死後22年以上続くこととなる。
彼は喉頭癌を患い62歳で亡くなる。物理学は原爆を生み出したが、彼の癌を治すことはできなかった。

当時核開発競争に明け暮れた時代。日本でも理化学研究所ではその開発が進められ、日本人初のノーベル賞受賞者湯川秀樹氏でさえその開発に関わっていた。
彼のノーベル賞受賞はオッペンハイマーの推薦によるものが大きいとも言われている。

原爆を生み出した張本人として知られるオッペンハイマー、しかし彼の人生はむしろ原爆を生み出してしまったことによる責任を重く受け止め、核兵器誕生以後の世界に対して自分がなすべきことに何の迷いもなく突き進んだことにこそ、その人生の意義があったのではないだろうか。

作品はオッペンハイマーの人生を複数の時系列に分けて並行して見せることにより、長時間の上映時間でも一切だれることのない、見ごたえのあるものに仕上がっていた。

レント
ミカさんのコメント
2024年5月2日

アメリカのエンタメ業界でユダヤ人の様に力を持てれば映像化はできるんでしょうね。残念ですが歴史も力関係で決まるのですね。一方で今のガザについてアメリカのエンタメ業界はこのまま無視し続けるのか、、、と疑問です。

ミカ
talismanさんのコメント
2024年4月9日

レントさん、コメントありがとうございます。1月に何となく不具合感じてログアウトしてログインする時に、違う方法で行った為、シン・talismanのアカウントが出来てしまいました。それから3ヵ月程、従来アカウントは読めるしコメント書けても自分のレビューの編集ができなくなりました。それで映画.comの担当の方にご相談して、ご提案・ご指示頂いてシン・アカウントの自分レビューを引っ越しさせ従来アカウントに合体されることができました。
シン・talismanアカウント時期に頂戴したコメントと共感は持っていけず非常に残念で申し訳なく思っています。またその時の私から皆様への共感も透明化してしまったことに気づきました。色々とお騒がせしまして申し訳ありません

talisman
琥珀糖さんのコメント
2024年4月2日

共感ありがとうございます。

綿密に噛み砕くレビューですね。
一回観ただけで、分からなかった所が、整理された感じです。

オッペンハイマーは1充分過ぎるほど誠実に開発者としての苦渋を
受け止めた後半生だったのでしょうね。
(湯川英樹も開発に携わっていたのですか?
ノーベル賞受賞にもオッペンハイマーの推薦があったのかも知れない・・・
そうですか。
運命が大きく変わった(特に精神面でも)ことは、宿命的でしたね。

琥珀糖