劇場公開日 2023年10月13日

「中国のドン・キホーテとフール・オン・ザ・ヒル」宇宙探索編集部 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0中国のドン・キホーテとフール・オン・ザ・ヒル

2023年10月14日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

笑える

悲しい

知的

夢を追い求め時代に取り残された中年男・タンが主人公だ。若い頃に抱く「この道で一生食べていく」とか「何者かになる」といった夢を貫いて成功するのはほんの一握りでしかないと身をもって知っている大人なら、落ち目の雑誌「宇宙探索」の編集長でUFOを探し求めて旅するタンの“痛さ”が深く刺さるはず。 騎士道物語を読み過ぎて現実と物語の区別がつかなくなった男が冒険の旅に出る「ドン・キホーテ」を思わせもする。

タンと一行は怪現象の目撃情報を頼りに中国西部の村へたどり着き、頭に鍋をかぶった若者スン・イートンに出会う。彼を見て思い浮かんだのは、ビートルズのポール・マッカートニーが書いた「フール・オン・ザ・ヒル」。サビ部分は「丘の上の愚者は太陽が沈んでいくのを見る 頭の中では世界が回っているのを観る」といった詞で、天動説が信じられていた17世紀初頭に地動説を唱えたガリレオ・ガリレイを想起させる歌だ。

映画大学の学生だったコン・ダーシャンによる卒業制作とは思えない完成度に驚かされる。“内なる宇宙”と対(つい)の“外なる生命”とでも呼べそうな壮大なイメージはキューブリックの「2001年宇宙の旅」、UFOやエイリアンを信じる人が頭のおかしい人のようにも見えるという点ではM・ナイト・シャマラン監督作「サイン」、そして現代のドン・キホーテ的人物を描いた点では「テリー・ギリアムのドン・キホーテ」といった先達の諸作に呼応するようにも感じた。

ラスト近くでタンが目にする衝撃的な出来事が、毒キノコの影響による幻覚としても解釈可能にしているのも、巧い語り口だと感心。

高森 郁哉