「英国版ナポレオン」ナポレオン ヘルスポーンさんの映画レビュー(感想・評価)
英国版ナポレオン
海外レビューでは英語(アメリカ南部の強いアクセント)を喋るナポレオン、史実と違う、こんなのナポレオンじゃない、反フランス的だ、と酷評の嵐。
リドリー・スコット監督は「そんなの知るか!」と切り捨てていて、御年86歳になる英国映画界の巨匠は相変わらずで安心しました。
本作は序盤のトゥーロン攻防戦で、ナポレオンが勇ましく騎乗しさぁ出陣だ!というところで敵の砲弾が馬に直撃し出鼻を挫かれる。まさに絵画のようにカッコいいナポレオンの姿が観られるかと思った瞬間の裏切りは、「この映画ではカッコいいナポレオンなんて描かないぜ」という監督の宣言を表しているかのよう。
貴族階級でも何でもない軍人ナポレオンが皇帝になりヨーロッパ全土を統一しようという過程を描く本作は、
偶然なのか商人の身分から天下統一を果たすに至る羽柴秀吉(豊臣秀吉)を描いた北野武監督「首」にも通じるところがあると感じている。
両監督の歴史や人間に対するスタンスも共通するものがあると思っている、人間なんて所詮こんなもん、歴史なんて幾らでも誇張され改変され、史実に忠実かなんてどうでもいい、このドライで冷徹な視点が私は大好きで、国内最高峰の映像を撮ることが出来るスタッフ(軍隊)を従える両者はまさにナポレオン、豊臣秀吉のようだ。
映画「ナポレオン」は本国フランスでの映画化やミュージカル、ワーテルローでの闘いを描いたセルゲイ・ボンダルチュクによる「ワーテルロー」などがあるが、ハリウッド映画の決定版としてはスタンリー・キューブリックが脚本まで書いていた幻の「ナポレオン」(のちに「バリー・リンドン」として映画化する」があるがこれは現在スティーブン・スピルバーグによるミニドラマシリーズが企画されているとのこと。
本作はその絵画的な構図と、突き放した人間描写などキューブリック版「ナポレオン(バリー・リンドン)」からの影響も多く見られるが、ジョゼフィーヌとの愛憎劇という描き方がメインとなっている。
ジョゼフィーヌの愛を勝ち取るために皇帝に登り詰めるが、愛は得られない。後半は立場が逆転しジョゼフィーヌの方がナポレオンへ依存していくが、ナポレオンは離れていく。リドリー・スコット監督による愛のすれ違い映画だ。
本作で描かれるナポレオンは「最後の決闘裁判」で描かれた滑稽な男達の姿そのものであり、ナポレオンは自らの権威を象徴する冠・帽子を絶対に手離さない。
ワーテルローの闘いでそんな彼の"男"の象徴である帽子にポッカリと穴が開く描写など、敗北の表現が皮肉たっぷりで好きだ。
アカデミー衣装デザイン賞の受賞はほぼ確実か。戴冠式の絵画的な表現と豪華な衣装の数々は圧巻だった。
ただし、今のリドリー・スコット監督に愛憎劇は少し退屈かな。終始眠そうな顔をしているホアキン・フェニックス(実際に居眠り描写あるし笑)を観ているとこっちまで眠くなっている。