劇場公開日 2023年12月1日

「秀吉物との比較で観るナポレオン」ナポレオン 鶏さんの映画レビュー(感想・評価)

3.0秀吉物との比較で観るナポレオン

2023年12月2日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

ホアキン・フェニックス主演のナポレオンということで、大変楽しみにしていた本作。公開当日に観に行きました。
成り上がって天下人となったという意味で豊臣秀吉と並び称することが出来るナポレオンですが、北野武監督で秀吉を主役にした「首」がほぼ同時公開となっているのは、必然なのか偶然なのか。若干牽強付会気味ではありますが、両作品、ナポレオンと秀吉を比較しつつ感想を述べたいと思います。

日本人にとって秀吉の物語は、大河ドラマや映画などで何度も繰り返し観ている題材であり、どの俳優が、どのような秀吉像を表現するのかが大きな楽しみのひとつです。いろんな秀吉物を観ているせいで、次に何が起こるのかということを含めて、史実は概ね把握しているため、どこにスポットを当て、どのように描くかがそのドラマの評価に直結しています。

一方ナポレオンの場合、名前を知らない人はいないでしょうけど、かと言って秀吉の業績を知っているほど、ナポレオンが何をしたのかを把握している人は、日本では少数派じゃないかと思われます。少なくとも私はそんなに詳しく知らなかったクチですが、本作を観た後にざっとナポレオンの業績を調べてみると、(当たり前ですが)史実に添って創られたものであることは間違いのないところでした。ただナポレオンの描き方としては、どちらかと言うと「英雄」としての扱いではなく、小心で小柄の普通の男が、時流に乗って出世してしまったという感じに描かれていました。

特に、妻であったジョゼフィーヌとの関係性にスポットを当てており、ジョゼフィーヌをして「私がいなければ何も出来ない人」と言われるナポレオンに、哀れさを感じこそすれカッコ良さとかカリスマ性は全く感じませんでした。チラシには「英雄か、悪魔か」というキャプションがデカデカと踊っている訳ですが、良い意味での英雄的な部分も感じなかったばかりか、「首」で見せた秀吉の非情な部分も殆どありませんでした。唯一ヴァンデミエールの反乱を鎮圧する際に、王党派の市民に向けて市街地で大砲をぶっ放した場面は、まるで天安門事件だなと思いましたけど、この事件にもサッと触れた程度で、悪魔性が強調されていた訳ではありませんでした。むしろ、子供が出来ないジョゼフィーヌに三下り半を渡した後ですら、彼女との文通や交流を心の拠り所にしている人物として描かれていたのは意外でした。そう言えば秀吉の正妻のおねも子供が出来ず、それが秀吉の死後の豊臣政権の崩壊に繋がった訳ですが、世継ぎ問題というのは洋の東西を問わず権力者の悩みの種であったのは間違いのないところのようです。

いずれにしても、ナポレオンの実像が何処にあるのかを判別するのは中々難しいですが、本格的なナポレオンのドラマを初めて観た者としては、良し悪しは別としてナポレオンのデカさが実感できず、ちょっと残念でした。秀吉物にしても、正妻であるおねを心の拠り所としていた物語は数多あるのは同様ですが、あちこちで別の女に手を出す好色な秀吉像が同時に描かれることが多く、おねへの依存が秀吉の弱点であるような描き方をした作品は記憶にありません。

良し悪しに関わらずデカい人物であることが前提であるからこそ成り立つこともあると思うのですが、本作ではロシア遠征の失敗後、エルバ島に追放されたものの、捲土重来を期して本土に戻った際に、ナポレオン軍鎮圧のために向かってきたフランス正規軍を前に演説し、自分の配下にしてしまうシーンがありました。このシーンなど、それまで英雄的な描き方がされていないため、全く説得力がないものになってしまっていたように感じられました。

まあ別の角度から考えると、本作は、ナポレオン物が初見の者が観るには、ちょっとハードルが高い作品だったのかも知れません。

最後に良かった点を挙げるとすれば、合戦のシーンはスケールが大きく、壮大で素晴らしかったです。士官学校の砲兵科で学んだナポレオンが、大砲を用いてする用兵にはリアリティがあったし、自ら馬に乗って突撃していくシーンは、本作でナポレオンが唯一カッコいいと思える姿でした。

そんな訳で、こちらの知識レベル、経験レベルの問題は棚に上げて、本作の評価は★3とします。

鶏