「リドリー・スコット 監督 今回" も "晩節を汚す」ナポレオン YAS!さんの映画レビュー(感想・評価)
リドリー・スコット 監督 今回" も "晩節を汚す
今年1番の期待作だったので、迷わず 初日に観ました。
深く考えずに、字幕版を観てしまったが、本作は英語劇だったので、
英語を話す ナポレオン と フランス人達 には まるでリアル感がなく、
この 極薄ハリボテ映画を英語版で観る価値はないので、日本語吹き替え版で鑑賞すべきでした。
また、この駄作映画を見る前夜には10時間余の 充分な睡眠をとっておかないと、
本作鑑賞中が 睡魔との戦いになってしまうでしょうでしょう。
この映画は 何が言いたい映画なのか。。。?
副題「英雄か悪魔か?」この映画は そんな事を言えていたのだろうか?
ハリウッド映画なので、撮影技術は申し分ないが、音楽は手抜きレベル
ナポレオンの長い半生を描くには、映画ではなく、Netflixあたりで、3シーズン位に別けた 長編ドラマに構成すべきでしたが
リドリー・スコット 監督は 映画「タイタニック」のように、男女の恋愛映画にしたいと考え
恋多き皇后 ジョゼフィンを軸にした脚本に執着してしまい
ナポレオンがハクスブルグ家令嬢と結婚した事や、ルイ18世を追い落とした野心 そして ナポレオン法典 を創った功績までも ないがしろにして、
ナポレオンがどういう人間なのかを無視して、 かっての「マカロニ ウエスタン」のような、「ハリウッド 解釈のフランス料理」=ヘンテコな創作映画になってしまいました。
また なんら基礎的歴史観がない脚本家は
多くても「アウステルリッツ」「ロシア侵攻」「ワーテルロー」程度の3つ程度に戦いを絞ればいいものを
歴史のポイントを理解できていないようで
、ナポレオンに とって は大した意味のない戦いや
多々なストーリーの"数々の出来事"をダラダラと展開し続け、限られた映画時間の無駄遣いをしてしまった。
その1番肝心な 最後の戦い「ワーテルローの戦い」は、
前戦の「リ二ーの戦い」があっての、再集結「ワーテルロー」なので、
前戦場から、離脱したプロシア軍と追撃した フランス別動隊の
どちらが先に、ワーテルローの戦地に辿り着くかが、このワーテルローの勝敗のキメ手 となったのですが、
どうも本作脚本家は そのレベルの歴史知識さえもなかったようで、つまらぬ戦闘に成ってしまっている。
有名すぎる ワーテルローの戦地と この映画の 広いだけの撮影地 の見た目が違い過ぎました。
ナポレオンが、指揮所としていたのは 戦場では1番高地に建つ有名な"大屋敷"なのだが、
本作では 英国軍本陣と同じくらいの 対峙した丘の上の"テント!"
この豪邸は、戦後処理にも使われた歴史的重要施設なので、ハリボテでもよいから、作る冪モノです。
また戦場を囲む2つの丘から、盆地的な谷になる中央部には、戦闘の中心である激戦区の"ラ・エー・サント"と"ウーグモン"と言った
二つの 大きな農場主の豪邸があり、英・蘭連合軍がここを護りぬいたのが、この戦闘の第二の キモ なのだが。。。
歴史とは無縁なアメリカ人には、この辺のことは どうでも良いのでしょう。
ナポレオンの帽子もヘンだし、
この時代の どの軍も、敵に寄る 勇気いる"横隊戦列"は、鼓笛隊のリズムで、歩調を合わせて前進しますが、これは"にぎやかし"や"勇気づけ"ではありません。
味方が逃げないように、日頃から“二拍子 曲(行進曲)” に 歩調を あわせさせたもので、この 行進訓練を 現代の軍隊でも、実施しています。
また、連隊帰属意識を高める為に、連隊毎に 微妙に軍服が違う事を この映画では きちんと表現しておらずに残念 アバウトなハリウッド人には無縁なファッション性。
この 連隊 と言うのは、日本で 言う 戦国大名・藩にあたり、欧州では 貴族である連隊長(大佐)が、主になり、連隊は独立性があり、連隊の兵は国家ではなく、各貴族が養っている組織なので、国家の軍がピラミッド型の平等なアメリカ人には、それが理解できてない。
最後に、長尾景虎(上杉謙信)のように、ナポレオンがサーベルを抜いて、敵陣に切り込んで闘いだしますが、
皇帝近衛隊にナポレオン皇帝は加わりません。配置場所も違うし。。。
最近のハリウッド映画は、チョコレートに気を使い過ぎます。
結婚式や、館の女、高級士官に士官候補生(子供)。。。10回程度 これみよがしに 出てくるが、アレです!
記録映画を創っているのではないが、あまり湾曲した事を ねじ込むと、映画の品と質が下がります。
劇中「ローマ ヴィクトリー(グラディエーター)」ならぬ「フランス ヴィクトリー」は、嬉しい無銘兵士のセリフが 入り
嬉しい点も在ったりするが、
スコット 監督は、ブラックホーク・ダウン(2001)位までは、素晴らしい作品を作り続けましたが、
それ以降は 不作続きの ダメ監督・製作者に成り下がってしまったようで、
現在「Gladiator 2 (2024年)」を作っているようだけれど。。。大丈夫か? 心配になってきた。
フランス軍内での チョコレート(アフリカ系)のことですが、
昔からフランスでは、"ムーア人(スリランカ)"という存在の位置づけがあります。
一般兵科には、配属されず、特殊に扱われておりました。
近代である WW2 米軍でさえも、似たようなものです。
この映画では、その辺の微妙さを無視して、
ごり押しして、現代の軍隊と同じように、「肌の色に関係なく。。。」
たとえ、娯楽映画の中ででも 既成事実を歪曲して 映画をつくる表現に悪さえ感じます。
ムーア人について、その辺のことは、だいぶ前になりますが、フランスとスペインの両博物館に行き、通訳を挟んではいますが、
個人的に、解説員から直接話を聞いています。
平田隆文さん、あつぼーさん、blucherさん、
トミーさん、エカシムロさん、MP0さん
MR POPOさん コメントありがとうございます。
僕は、映画が好きで、学生時に少しだけ"自主映画"を作ったりしていましたが、
東京の隅っこに住む、唯の歴史好きな、クリーニング屋です。
この映画の監督や脚本家、そして考証をしたかもしれない人よりかは
近代史を知っているつもりです。
監督はイギリス人と言うよりも、もうハリウッド人であり
エンターテイメントに賭ける情熱が、世界1だと信じていましたが、
もう情熱の電池切れなのでしょう。
映画は創作物ではなく、単なる"集金マシーン"としか考えていないと思われます。
日本にも、自分が創りたい映画を創るのではなく、プロデューサーから 指名されれば、
どんなジャンルの作品でも作る 単なる"雇われ監督 "が存在しますが、ソレになってしまいましたね。
英国軍、フランス軍では、例外的に チョコレートを置いてはいますが、あくまで それは例外であり
軍隊の中での、差し支えないポジションにだけです。
それはアメリカ軍でさえ、そうでWW2終戦まで続きます。
どこに軸を置いたか、どの視点から描いたの差ではないでしょうか?
歴史ガーというけど、今回の映画を作る際に世に残る文献を集めまくったそうですからYASさんよりは知ってるでは?
それで限られた時間で描くわけですから、解釈や端折る選択が違ってくるのは当たり前かと。
音楽も手抜きとありますが、当時にあった物で作られてると聴きましたよ。
あとチョコレートなど揶揄するあたり人間性が垣間見えましたね。