「本当に信じがたい作品でした。しかし本作で描かれる児童誘拐と人身売買は、今世界中で発生している事件のほんの一角に過ぎません。」サウンド・オブ・フリーダム 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
本当に信じがたい作品でした。しかし本作で描かれる児童誘拐と人身売買は、今世界中で発生している事件のほんの一角に過ぎません。
児童誘拐、人身売買、性的虐待といった国際的性犯罪の数々。その市場規模は年間約1,500億ドルと言われている。本作は、それらの犠牲となった少年少女を救い出すために過酷なミッションに挑んだ実在するアメリカの元政府職員ティム・バラードの闘いを基にした衝撃の物語です。
アメリカでの公開時には賛否両論が巻き起こる中、異例の大ヒットを記録し「23年全米映画興収トップ10」に堂々のランクインを果たしました。イエス・キリストを描いたメル・ギブソン監督作品『パッション』で知られる演技派俳優ジム・カヴィーゼルが、マフィアの巣窟へと乗り込む連邦捜査官をリアルに演じています。
監督と共同脚本を務める「リトル・ボーイ 小さなボクと戦争」のアレハンドロ・モンテベルデが児童人身売買の底知れぬ非道さに真正面から斬り込み、心に突き刺さる作品として完成させています。 メル・ギブソン製作総指揮。
●ストーリー
2013年、舞台はホンジュラスのの首都テグシガルパのある民家。ロシオという女の子は歌うのが好きで、家の中でサンダルをバシバシ叩いて音を出しながらいつも歌っていました。そこに美麗な身だしなみのジゼルという女性がやってきます。ロシオとは市場で出会ったようで、子どもモデルになる才能があると見込んで勧誘しにきたようです。「この子の歌は素晴らしい」と、父親のロベルト同席で褒め称え、ロシオはウキウキに。さらに、ちょうど帰ってきた弟のミゲルも一緒に、勧められるままにオーディションを受けてみることになります。子どもたちをオーディション会場に送ったロベルトは入室を禁じられ、「迎えは夜の7時」とジゼルから言われます。そうして集められた子どもたちは、カメラに向かってポーズをするのでした。
けれども19時に迎えにやってきた父親は、オーディションが行われていたはずの部屋がもぬけの殻であることを知り、絶望するのでした。
ところかわって、カリフォルニア州。米国土安全保障省の捜査官のティム・バラード(ジム・カヴィーゼル)は、「ペド(ペドフィリア 小児性愛者)」を逮捕する仕事をしていました。今日もターゲットの家を特定し、児童ポルノのやりとりを確認した後、突入します。
子どもたちは、売られるまでアメリカ国内にはいません。そして彼らは、アメリカにいる小児性愛者たちが、違法サイトにログインして子どもを注文したり、あるいは子どもたちのリストとなる顔写真をアップロードした瞬間を狙って逮捕するのです。つまり、子どもたちがアメリカに連れてこられる前に逮捕してしまうわけで、ティムは子どもを直接的に救うことは出来ないのです。ティムは、そんな仕事をもう12年間も続けていたのでした。
彼の仕事は、報告書を作成するために、ペドたちが撮影していた「変態ビデオ」をすべて観なければならないのです。そしてどんなに同情を寄せても、子どもたちを救い出せているわけではなく、ただただ犯行シーンを傍観するだけのことを強いられます。ティムの若い同僚は、「殺人現場はいくらでも見てきたけど、これは違う」と、殺人現場を見るよりもさらにキツイ仕事だといいます。そして「この仕事から降ります」とティムに伝えるのでした。
ティム自身はこの使命に燃えていました。しかし、どんなに大勢の児童性的虐待者を逮捕し起訴しても、さらにどんどん犯罪者は沸いてでてきます。キリがありませでした。
そんなティムも家に帰れば、妻と子どもに囲まれた温かい家庭が待っていました。酷い現実を知ってしまっている今、落ち着くことはできません。
子供を誘拐された被害者の父親の「娘のベッドがカラなのに、眠れるか?」の言葉に、じっとしていられませんでした。そしてある作戦に独断で動くことにします。逮捕した容疑者のもとへ行き、密談し、わざと和やかな雰囲気を演出することで、ティムも児童に性的に興味があると信じ込ませることに成功します。最初は警戒していた容疑者もすっかり騙されたようで、児童の人身売買のネットワークにアクセスする方法を教えてくれます。 用済みとなった容疑者はすぐに警察に逮捕させるのでした。
次ぎにティムは、上手い具合に人身売買された子どもと面会できる機会を手に入れ、子どもを購入した男を逮捕します。保護した子の名前はミゲル。冒頭に登場した姉と誘拐された少年でした。後部座席でわけもわからないように縮こまって座っていました。ティムは優しく言葉をかけ、事情を聞きます。
ミゲルは姉ロシオと一緒に誘拐され、コンテナの劣悪な環境で海を渡ったそうです。その狭い空間には他にも大勢の子どもたちが押し込まれていたとのこと。途中でミゲルだけが買われ、姉とは離れ離れになりました。ミゲルは「テディベア」という愛称で扱われ、見知らぬ人に売り渡されてしまったのです。
空港で父の元に連れて行き、無事に再会を果たすことができましたが、姉のロシオがまだ行方不明であることを知り、ティムは必ず助けてみせると誓います。
やがてティムは、上司から特別な捜査の許可をもらい、事件の温床となっているコロンビアに単身潜入します。そこで彼は、いわくつきの前科者バンピロ(ビル・キャンプ)や捜査の資金提供を申し出た資産家、地元の警察などと手を組み、大規模なおとり作戦を計画するのです。ティムの少年少女たちの命を救う捜査は、やがてティムは一人の人間として尊い命を救うため、自身の命をもかけた壮絶な闘いに挑んでいくのでした。
●解説
冒頭で「実話を基にしている」と表記されますが、本当に信じがたい作品でした。しかし本作で描かれる児童誘拐と人身売買は、今世界中で発生している事件のほんの一角に過ぎません。
本作は最後に、色んなデータが表示されます。人身売買は今、年間1500億ドル以上のいち大ビジネスになっているそうです。1年間で2200万件のポルノ画像がネットに上がり、過去5年間で人身売買の件数は5000%に膨れ上がっています。さらに印象的だったのが次の表現です。
『奴隷としての生活を余儀なくされている人の数は、奴隷制度が合法だった時代と比べても、過去最大だ』
悪名高き、アメリカの奴隷制度時代よりも、現代の方が「自らの意思に反した生活を強制される人の数」が多いというのです。そして、アメリカ国内では数100万人が子どもが性奴隷として監禁されているのだとテロップで訴えていました。
本当に信じられない話ですい。恐らくそんな事実も関係しているのだろう、本作は5年前に制作されたのですが、色んな障害にぶつかり、公開できなかったそうです。
アメリカとしては、そんな現実を知られたくはなかったのでしょうか。そういう意味での圧力みたいなものがあったのかと想像してみたくなります。
●感想
本作には、そんな児童誘拐と人身売買について世界に知らしめたいという熱い使命感を強く感じさせてくれました。
例えばエンドロール中に主演のジム・カヴィーゼルが登場しこんなことを強く語りかけるのです。「多くの人がこの現実を知ることが大事だし、そのためにこの映画はいい入口になる」と。普通なら「宣伝文句」に感じられてしまうこの言葉が、実に切実なものとして伝わってきました。
また本作は映画が始まる前に、非常に珍しい字幕が表示された。「エンドロール中にQRコードが表示されるので、それは読み取って構わない」というものだ。
英語のサイトに飛ばされるので内容ははっきりわかりませんでしたが、どうやら本作のチケットを購入して、多くの人に進呈してほしいという呼びかけのようだったのです。
ジムはティム・バラード本人の職務に同行して役作りに励んだそうで、細かいところまで迫真の演技でした。
ところで日本に住んでいると、本作で描かれるような人身売買はあまりピンと来ないのかもしれません。日本は「子どもが1人で電車に乗れる国」であり、平均的な国と比べてもとりあえず安全ではあります。ただ日本も、北朝鮮による拉致被害という、状況的にはまったく同じ問題を抱えています。また、闇バイトによる雑な強盗が増えている現状では、いつ日本の子どもも狙われるか分からりません。決して「対岸の火事」ではないと思うのです。
なので、ひとりの少女を救出するため、政府職員の職を辞し、単身でコロンビアの反政府勢力支配地域に乗り込むティムの気持ちに、思わず感情移入してしまうことでしょう。 ハリウッドのアクション作品にはありがちなヒーローだといえばそれまでですが、幼い子供を持つティムを突き動かす、誘拐された子供を救いたいという親としての気持には、何の衒いもなく、演出過剰もなく、ついつい共感してしまうのです。