「不思議な童話感」ヒンターラント 頼金鳥雄さんの映画レビュー(感想・評価)
不思議な童話感
あと10日で上映が終わるというときに存在を知り、慌てて見に行きました。心惹かれたのは、全編グリーンバック撮影の猟奇殺人ミステリーと言う点です。グリーンバック撮影ということで、低予算映画なのかなと考えたりもしたのですが、セットを組んだりロケするのと同じくらい重厚でした。映画が始まってすぐはさすがにグリーンバックの背景に違和感を感じたものの、没入するのは早かったです。
例えば引き上げ船から墓地を眺めるシーン。いかにも作り物めいた、人形劇に出てきそうな可愛らしい墓標が、暗い童話のようでした。それをチープで嫌いと感じるか、帰還兵の終わらない悪夢の表現と見るか。それでこの映画の評価は決まってしまうような気がします。私は後者です。
やたら画面が斜めだったり、魚眼レンズを通したようなゆがんだ建物群が出てきます。撮影方法には無知なので、検索してみました。斜めの画面は観客の不安感を煽る効果があり、魚眼レンズ風の背景は登場人物の孤独感を際立たせる効果があるとのこと。確かにその通りの気持ちになりました。
主人公のペルクはオーストリアの元刑事でした。敏腕でした。ところが第一次大戦に志願し、ロシアの抑留から命からがら帰還したところです。しかし祖国の価値観は一変しており、帰還兵は国のお荷物になっていました。ロシアにいたというだけで、「共産主義め」と罵倒されることも。また、家族の暗い秘密も知り、人生をやり直す自信すらなくなってしまいます。
そんな中、戦友が次々に残酷な方法で殺され、彼は打ちのめされます。戦争が関係しているのは確かですが、一体どんな恨みを買ったのか。背景も衣装もすべてが暗くのしかかるような重さです。
遺体の検案を引き受ける女性医師ケルナー博士だけがペルクとの再会を喜びます。彼女は常に白い服を身に着けていて、何か映画の中の救いの部分を担っているような気がします。実際彼女を通して、女性の社会進出の気配を感じたり、ジャズが入ってきたことを知り、新しい価値観も悪いだけではないかもしれない…と思わせてくれます。
重いだけではなく、細かく撒いた伏線をきれいに回収しているので、鑑賞後にモヤモヤすることはないと思います。
蛇足になりますが、太平洋戦争の我が国の復員兵の方々はペルクのような気持ちになったのでしょうね。自分だったら絶望して生きてはいられないかもしれません。でもラストは勇気をもって一歩を踏み出すペルクが見られます。