「しなやか軽やか健やか」ダンサー イン Paris 津次郎さんの映画レビュー(感想・評価)
しなやか軽やか健やか
主役エリーズを演じるMarion Barbeauはパリ・オペラ座の主席ダンサーとのことで、6歳からバレエをやっているが映画主演ははじめてだそう。だが女優が余技というわけではなく、ちゃんと魅力ある主人公をつとめている。
公演中に足首をけがしてもう二度と踊れないかもしれないと告げられたエリーズ。ひどいショックを受けるも周囲の人々に励まされ触発されながらコンテンポラリーダンスに自身の住処を見いだしていく。
Marion Barbeauはショートヘアにきりっとした眉、シュッとした顔でキャロルブーケやマルーシュカデートメルスなんかをほうふつとさせるが笑うと可憐なかんじがでる。しなやかな身体で、動くと安定した体幹がわかるが、本職がダンサーとは思えないほど物語に溶け込んでいた。
この映画は簡単に言えばクラシックバレエのオーソリティーだったエリーズが、足首を捻挫したことをきっかけにコンテンポラリーダンスへ転向する──という話である。
こうした克己を経て目標へ至るドラマは彼女自身のことでもあったにちがいない。
『パリ・オペラ座バレエの階級は、上からエトワール(Danseur Étoile)、プルミエ・ダンス―ル(premier danseur)、スジェ(sujet)、コリフェ(coryphée)、カドリーユ(quadrille)の5つであるが、この階級制は非常に厳しいものである。
ダンサーにとっては、まず、パリ・オペラ座バレエ学校に入学することが事実上必須である。バレエ団の団員のうち、95%が同バレエ学校の出身だからである。すなわち、バレエ団のコール・ド・バレエとなるには、バレエ学校に入学し、最低でも最後の2学年(第2学年と第1学年)を修了することが求められる。ただし、バレエ団に入団できるのはバレエ学校の卒業生のうち5%から20%程度であり、かつ、初めは研修者という立場である。正式団員であるカドリーユになるためには、毎年11月に行われる昇進試験に合格しなければならない。さらに上の階級に昇進できるかどうかは、ひとえに、翌年の昇進試験で審査員を前にうまく踊れるかどうかにかかっている。
最高位であるエトワールは、任命された者のみしか昇進することができない。エトワールになるためには、プルミエ・ダンス―ルとして何年も主要な役を踊り、人並外れた卓越性と美点を持つことを示す必要がある。』
(ウィキペディア「パリ・オペラ座バレエ──階級制」より)
Marion Barbeauは現在プルミエ・ダンス―ルという階級にいてエトワールを目指しているが、2021年のパンデミックのさなかにパリ・オペラ座に対して4ヶ月の無給休暇を取得したうえでこの映画の主演にとりくんだそうだ。おそらく、このエリーズという主人公はMarion Barbeauそのものであったにちがいない。
映画のなかでエリーズの父親は足をけがした彼女に「だから法学部に行けと言ったんだ」と言ってダンサーという職業に敬意をはらわない。エリーズをバレエダンサーに育て上げた母は亡くなっていて、母への慕情と父との確執が本作に立体的なドラマ効果をもたらしている。
父親の主張は「身体を使う仕事をするなら2つの人生を送る」というもので、たとえばサッカー選手ならせいぜい35歳でやめて次の仕事をさがすことになる。
ダンスをやっている娘が足をけがしたことをきっかけに無理解な説教をしたのだが、就業したらずっと安泰なんてものはない。それでも知的専門職をすすめるのは万国共通の親心である。
監督セドリック・クラピッシュはベテランで、出てくる人も料理も景色も建物や街並みもきれい、かつきれいに撮ってあり、フランスの香りがした。映画は主人公に魅力があり、躍動的で健全で笑いも加味され多幸感もある。まっとうないい映画だった。
imdb7.1、RottenTomatoes100%と83%。