ダンサー イン Paris : 映画評論・批評
2023年9月12日更新
2023年9月15日よりヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ渋谷宮下、シネ・リーブル池袋ほかにてロードショー
優しさと寛容の精神が絶妙にブレンドされたセドリック・クラピッシュ監督最新作!
パンデミックが世界を襲った2020年4月16日、パリ・オペラ座バレエ団が自撮りした「Dire Merci」が発信された。セドリック・クラピッシュ監督の発案に団員たちが賛同、パリ・オペラ座も全面的に支援し、音楽監督、作曲家も協力した4分39秒の映像だ。ステイトメントには、「目の前の見えない敵に対して感じた三つの感情、“恐怖”、“希望”、前を向いた元の生活に戻りたいという“願い”を込めた」と記されている。これがきっかけとなり、今を生きることの素晴らしさを伝える映画「ダンサー イン Paris」が生まれた。
20年間、完璧に踊ることだけを目標にすべてをバレエに捧げてきた。6歳でダンスを始め、12歳の頃に母が亡くなった。その後は父の車でレッスンに通い、パリ・オペラ座バレエ学校に入学すると更に練習に励んだ。アイドルグループで例えるならばセンター、26歳のエリーズはバレエ団のエトワールを目指している。
誰もが羨む恋人がいて仲間からも一目置かれる彼女は、舞姫(バヤデール)と戦士の悲恋を描くバレエ「ラ・バヤデール」で主役をつとめる。開幕直前、青く染められた舞台袖で両腕を重ねるとしなやかに指先を伸ばす。緞帳の小窓をのぞき、客席に向かう父とふたりの姉の姿を見つけて微笑む。
舞台袖の主人公をとらえた監督は、バックステージから客席、ロビー、舞台へと縦横無尽にキャメラを動かし、開演に向かって高まる場内の緊張感をつぶさに伝える。本番まであと2分、予期せぬ恋人の裏切りを目にしたエリーズは激しく動揺する。ステージ中央で宙を舞うがまさかの着地ミスで足首を骨折してしまう。
台詞なしで綴られる圧巻の15分の後、映画の語り口は緩やかになりエリーズの日常にそっと寄り添う。独り暮らしのアパートでストレッチを行い、療法士を訪ね、実家に帰って父や姉妹と再会する。18歳でバレエをやめたサブリナの紹介で、ブルターニュにあるアーティストのための練習場で食事を作る出張料理人の仕事を手伝うことに。
練習場のオーナーの含蓄に富んだ助言、ダンスの振付師の自然体の振る舞い、愉快な料理人カップルとの交流が、彼女の心身を解きほぐす。新たな仲間たちとの出会いが、孤独に完璧な演技を追求すべきだと考えていたエリーズに変化をもたらしていく。
ささやかだが大きな“気づき”、その訪れをじっと待つかのように性急な描写は抑えられる。日々反復される行動に現れる僅かな差違を丁寧に写し撮ることで、人生に訪れる大きな変化を浮き彫りにしていく。繊細にして周到に映像を重ねた監督の“心の演出”が素晴らしい効果を生んでいる。
「ダンスをする俳優ではなく、演技ができるダンサーが演じるべきだ」と考えたクラピッシュは、パリ・オペラ座バレエ団で活躍し、コンテンポラリーダンスなどにも挑戦するマリオン・バルボーを主演に迎えた。研ぎ澄まされた冒頭のバレエと後半に用意されたもうひとつのダンス。マリオンが披露するまったく異なるスタイルのパフォーマンスが呼び起こす心の躍動、仲間たちと共に自分を表現するダンスが熱い感動となって胸を打つ。優しさと寛容の精神が絶妙にブレンドされた滋味に富んだ作品である。
(髙橋直樹)