哀れなるものたちのレビュー・感想・評価
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不思議な映像美で味わう「エロ・グロ・ナンセンス」
エロ・グロ~なんて古い言葉で申し訳ないけれど、戦前のサブカルチャーを思い出させる、露悪趣味的な監督の真骨頂が発揮されています。しかも、女性の描き方が秀逸です。
「女王陛下のお気に入り」でも見せた、魚眼(広角?)レンズによる歪んだ「覗きこみ画像」は、不思議の国のアリスのように身体が伸び縮みする幻想性を感じさせました。
ベラは幼いながら鋭い感性で、アリスのように不思議の国を旅しています。リスボンのキッチュなケーブルカーが面白い。やがて大人の女性として成長し、現実化した(その当時の)ロンドンに戻ってきます。構えとしてエロ・グロではあるけれど、さほど官能的ではない。むしろコミカルでシニカル、でもって男達の心理描写は意外にステロタイプで、プロットはナンセンス。
やはり、女優達が抜群に面白くて個性的なことを楽しむ映画です。もちろんエマ・ストーンは素敵ですが、マーサ女史を演ずる - ハンナ・シグラ(マリア・ブラウンの結婚)や、娼婦館スワイニー役のキャサリン・ハンターも魅力的でした。ハンナは80歳近いはずなのに素晴らしかった。キャサリンは舞台俳優なんですね。
エマがラ・ラ・ランドなど他の映画より背が高くシャキッと見えたのは、演出や撮影の仕方のせいでしょうか?今までもっと可愛らしい女優をイメージしていました。
終始堂々として気高い感じがよかったです。
「哀れなるものたち」では監督の真意が伝わらない
原題の「poor things」は、邦題では、「哀れなるものたち」と訳されている。そもそも邦題が、本作の真意をとらえていないような気がする。「poor thing」はネットで検索すると、軽い感じでの「かわいそうに」の意味だ。それを、「哀れなるもの」にしてしまうと、ベラの強い女性として成長していく姿が霞み、男に単に身体を預ける娼婦の面だけが誇張されてしまう。
おそらく、ランティモス監督が、「かわいそうに」と軽く言っているのは、ベラが、脳の移植による蘇生によって、運命は変えられないけれど、最初から作為的に操作されてしまったことに対する「かわいそうに」であり、かえって彼なりの怒りがこめられているような気がする。
一方男の観点から見ると、彼は、「哀れなるものたち」という邦題によって、男はみんな女をモノとしてしか考えていない、という代弁者にされてしまっている。
男性中心の社会に相対した、自由、平等の代弁者としてのベラを見よう。
男尊女卑の男たちのなれの果てを、しっかり凝視しよう。
ランティモス監督が、過去の作品(「女王陛下のお気に入り」、「ロブスター」、「聖なる鹿殺し」」の映像美、世界観を更に進化させて、ベラ演じるエマ・ストーンに、その集大成を託したという見方ができるから。
成長の過程である過度な性的描写には目を瞑り、高らかに自由、平等を謳歌するエマ・ストーンの美しさを堪能しよう。そうすれば、「哀れなるものたち」という言い方は、まるっきりのナンセンスだと実感できるはずだ。
そんなにエロくないんですよ
既存の価値観から解放されると人はこうなるのか
珍妙な世界観にマッドサイエンティストによって放たれた主人公は、既存の価値観に囚われることなく自由に行動し世界を経験し学び、二度目の人生をやり直していく。最後は親の愛情を受け継いだのか。二人目の成長が遅いのはあまり感情を注がなかったからなのか。よく分からない。頻繁にある濡れ場は少しくどく感じたが、なぜか笑えてくる。一回目ではあまり理解できないが、もう一回見たくなる映画。
ていうかさディズニーの名でこんな作品を配給するなよな・・・
2024年映画館鑑賞18作品目
3月16日(土)イオンシネマ新利府
ハッピーナイト1300円
ヨルゴス・ランティモス監督作品初鑑賞
脚本は『クルエラ』のトニー・マクナマラ
製作はTSGエンターテインメントなど
配給はアメリカがサーチライト・ピクチャーズ
日本はウォルト・ディズニー・ジャパン
いずれもディズニーの子会社
ディズニーも買収を重ね幅広くなったからな
制作には主演のエマも携わっている
英国米国アイルランド合作18禁エログロSFロマンスコメディ
外科医のゴッドによって生み出された実験体1号のベラ
ゴッドの屋敷で隔離された生活にうんざりしていたベラは弁護士のダンカンに唆され駆け落ちし世界旅行へ
なんやかんやでゴッドの屋敷があるロンドンに帰ってきたベラは婚約者のマックスと結婚することに
その会場に現れたヴィクトリアの夫に対しなぜ母が自殺したのか確かめるため彼の家に同行した
脳移植なんてゴッドはまるでブラックジャックみたいなことをやらかす
手塚治虫の世界だ
だが奇妙な合成動物たちは天才バカボンのある回で見たような記憶がある
『哀れなるものたち』は芸術映画だ
アート驚く為五郎
リスボンの建物風景やアレキサンドリアの荒城は特に好き
馬車型蒸気自動車好き
豪華客船のデザインも好き
不協和音を駆使したBGMも良い
台詞は文学だ
ビアズリーの作品の世界観をカラフルにした感じだが何の狙いか『哀れなるものたち』は一部モノクロになっている
そういえばエマ・ストーンの太眉はフリーダ・カーロを彷彿させる
顔ヂカラがハンパない
オッパイは最初観た時「男かな女かな」と脳内のあぁ~しらきが連呼したが下半身はおちんちんがなくやっぱり女だった
広末奈緒の『人間廃業』的展開
そういえばおちんちんがボカシ無しだったがいつからセーフになったんだ
たしかにダビデ像だってOKだからな
白人のオチンチンはセーフなんだろう
ディック・マードックも試合中によくお尻を出していたからな
ギャラが弾めばオチンチンも出してたかもしれない
それを思うとエマはヘアどまり
とはいえマグリットの『陵辱』だってヘアどまりだもんな
だがしかしそれに納得できないのはろくでなし子画伯であろう
『哀れなるものたち』に比べるとエマが巻き込まれたアジア系差別の記事なんて安っぽくてありふれていてくだらない
こっちは1800円でも払う価値があるがあっちはカネを払う価値はない
あえて苦言を呈するなら胎児の脳を移植したのに随分と理屈っぽいね
破綻はしているが面白いからまあいいや
これこそ海外産の高級なコントなのかな
悪趣味なポルノ映画と解釈すると楽しめない
コメディの一種と捉えると楽しめる
滝沢カレンはブルーになったらしいけど
これもまた楽しめるのは限られているのかもしれない
エンドロールは海外作品としては珍しいタイプ
ちなみに例によってイオンシネマで入場する際に渡される今回の粗品はベラの後ろ姿10体
アートだがこれってなに?
ていうかさディズニーというブランドでこういう作品を配給するなよな・・・
まあいいけどさ・・・
配役
生存していた胎児の脳を母の脳と取り替え蘇生されたベラ・バクスターにエマ・ストーン
飛び込み自殺した妊婦のヴィクトリア・ブレシントンにエマ・ストーン
ベラを誘惑し駆け落ちする放蕩弁護士のダンカン・ウェダバーンにマーク・ラファロ
ゴッドこと外科医で研究者のゴドウィン・バクスターにウィレム・ディフォー
ゴッドの助手を務める医学生でベラの婚約者のマックス・マッキャンドレスにラミー・ユセフ
パリで売春宿を取り仕切るスワイニーにキャサリン・ハンター
ベラと仲が良い売春婦仲間のトワネットにスージー・ベンバ
ゴッドの家政婦のプリムにヴィッキー・ペッパーダイン
ゴッドによる2番目蘇生実験体のフェリシティにマーガレット・クアリー
ヴィクトリアの夫で軍人のアルフィー・ブレシントンにクリストファー・アボット
マーサに同行する皮肉屋のハリー・アストリーに ジェロッド・カーマイケル
船旅で知り合った哲学を愛する老婆のマーサ・フォン・カーツロックにハンナ・シグラ
エマ・ストーンは凄い!
初めてのR-18映画
買ったチケットを入場ゲートで見せながら、そういえばこれはスクリーンで観る初めてのR-18映画だと気付きました。
遠いながら隣に座っているのが同性なことにまず安堵し、あまりに『そういう』シーンが多かったら出ようと心に決めたところで上映開始。
初っ端から『そういう』モチーフの嵐。流石R-18、遠慮を知らない。
しかし慣れてしまうと、これが一人の女性の誕生から成長までを真摯に描いた伝記なのだと理解しました。
マッドサイエンティストが作り出した、成長した女性として生を受けた赤ん坊。もちろん周囲は子供としてなど扱ってはくれませんし、赤ん坊として当然の行いも白い目で見られてしまいます。
大人のような洗練された選択などできない訳ですから、彼女はいつも失敗ばかり。その上まだ幼い脳では、失敗したことにさえ気づかない。
間違えた選択を繰り返しながら成長する彼女を、いつの間にか私は尊敬していました。
ラスト近く、颯爽と馬車を抜けて家の玄関を開ける彼女の姿には心から感動しました。
……でも現実の友達に勧めるのは無理かなぁ、『そういう』所が多すぎて。
全て見た後で、じわじわとくる
性的なシーンや台詞には、さすがにドギマギしてしまいましたが、見終わった後は必要なシーンだったと感じました。
男女の関係性を、行動だけでなく考え方についても端的に表現していると思ったのです。様々な関わり方をする男性と付き合う中で、女性はもっと自分を大切にすることが大事だと言っていると感じました。
マーサとの場面が好きです。
貧困に苦しむ人々を見て助けたいと純粋に思う気持ちとそれを騙しとる人間がいる。
ゴッドの親子関係も残酷で、このような身体的なものでなくとも、現代にもありますよね。
ベラが帰ってきて、3人でベットに寄り添う場面では、温かな気持ちになりました。
様々な示唆に富んだ作品でした。
最後のヤギ人間は、ぞっとしました。
追記
原作を借りたのですが、途中で断念。難解でした。
人間讃歌
とんでもない映画を観に来ちゃった、と思いました。
一見綺麗だけど、魚眼レンズに不協和音、つぎはぎの動物、唐突な自慰シーン…違和感ありまくりの映像に、序盤20分で帰りたくなった(笑)
劇場でなかったら最後まで見れなかったと思う。
観客が混乱しているうちに、画面が白黒からカラーに変わる。
ベラの顔つきが、無表情の赤ちゃんから、知性を備えた女性に変わっていく。
エマ・ストーンの演技がすばらしいです。
フェミニズムがどうこう、という論点は置いといて、
シンプルな人間讃歌が良くて、終わった後には爽快感。
でも最後、ヤギ人間にしちゃったのはどういう意味だったんだろう…おとぎ話風な残酷さは際立っていたが。
熱烈ジャンプで笑えるかどうかで、この映画を受け入れられるか分かれそう。エロスではなくて動物の交尾のようだったw
まあ人には気軽にオススメしづらいですね。
「欲に負けない」
主演女優賞確実と思った
映画的な芸術点高し
独特の世界感がとても美しい映像で描かれていた。フランケンシュタイン的お話、予告やポスターのエマ・ストーンも若干不気味という認識で、鑑賞を長らく躊躇っていたが、多くの映画賞を席巻しているならば、やはり見てみないと。そう、冒険は必要なのだ。
スクリーン全編に写し出される屋敷や、街の風景、ドレス、どれもオリジナリティ溢れるデザインが素晴らしい。最初モノクロからベラの思考的成長に合わせて見えている、描かれている風景も変わって行く感じ。
知識と共に精神が育ち、人間は豊かになって行くのだ。
哀れなるものは全てスクリーンに登場する生命達。命に限りはあるから、冒険と経験、向上していこう。最初の印象とは違い、意外にも前向きなテーマを感じ取った、風変わりな作品だった。
意義はわかるけれど幻滅もある
脳を入れ替えて蘇生手術をするなんて、フランケンシュタインの怪物のようであり、その原作者が当時不遇であったことを描いた作品があり、幼女を大人の男性が自分好みにしていくような『源氏物語』とも違い、ひっくるめて、女性が男性に「逆襲」していく物語であった。主演のエマ・ストーン氏の裸体と性交渉場面には、『ジョゼと虎と魚たち』の池脇千鶴氏と同じくらい幻滅した。
第3形態になった時のエマ・ストーンは本当に綺麗
エマ・ストーンの演技力と魅力が炸裂!
最初はモノクロから始まり一体どの時代なのか、よくわからないベラの衣装も奇抜で、前情報で胎児の脳を移植されたというのがわかってて見てたので、すんなり物語に入れたけど、コレなかったら、どうだったのかな?ちゃんとベラの奇妙な動きとかわかったのだろうか?でも中盤で明らかになる時にわかりたかった気持ちにもなりました。
娼婦の館で人と触れ合うたびにどんどん成長していくベラの変化は本当にすごかった!ただ本能のままに生きてたベラが女性として力強く生きていくのは見ていてとても気持ちが良かったです。
なので最後の展開!え?ウソ…となりながらもラストはスカッとして最高でした!もしかして博士の脳をあの元夫に入れるのかなー?とも思ったけど、あやつはヤギの脳で十分でしたねww
強い表現と露悪のバランス
父親、パパ、理解ある彼くんの間を行き来しながら、体当たりで成長していく一人の女性・ベラの物語。
ベラの成長は一個人としての心の成長と、女性が歴史の中で権利を獲得していく姿の両方を描いているのだろう。根っからの善人も根っからの悪人もいない、エゴが軋み合うことでバランスが保たれている世界が、シニカルかつ愛情たっぷりに描かれていた。
メッセージで言えば近年流行りの系譜ではあるが、ぶっ飛んだブレない自己とエゴのパワーとを堂々と押し出す切り口は、舞台設定も含め目を惹いた。
正直、過激な表現を用いることがメッセージに対して効果的かどうかは疑問が残るのだが、その過激な表現も、制作陣がこれまでのフィルモグラフィーの中で信頼関係を深めて来たからこそ実現できたものであるとは感じる。
単体の作品としてだけではなく、チームの一つの到達点としても華々しい作品であることは間違いない。
エンドロールで紹介される、背景美術や小道具に隠された小粋なネタを再度チェックしたいと思った。
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